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▲ 施設の外観 |
患者を中心に地域に寄り添うケア事業を展開
和歌山市鳴神にある医療法人久仁会宇都宮病院(理事長:宇都宮宗久氏)は、「Hand in Hand」という病院理念のもと、患者を中心に地域住民に寄り添ったケア事業を展開している。
昭和45年に開設した同院は、慢性期・回復期医療、在宅医療に力を入れている。現在の病床数は80床で、その内訳は医療療養病床44床、地域包括ケア病床36床となっている。さらに、機能強化型在宅支援病院の指定を受け、地域の診療所のバックベッドとしての役割を担うとともに、地域の医療機関、訪問看護事業所と「わかやま在宅医療ネットワーク」を形成し、和歌山市内で年間延べ1万人以上の在宅療養をサポートしている。
和歌山市の人口や医療需要の状況について、副理事長の宇都宮越子氏は次のように説明する。
「当院が立地する和歌山市の人口は、県庁所在地でありながら、昭和60年の40万人をピークに現在は約35万人に減少し、令和42年にはピーク時の約半数に減少することが予測されています。地域医療構想において、和歌山医療圏は病床過剰地域とされており、令和6年を境に高齢者人口も減少に転じ、医療・介護ともに需要が低下することが見込まれています。加えて、和歌山市は大阪への通勤・通学圏内ということもあり、人材確保も非常に厳しく、患者の減少と働き手の確保という問題に対し、地域のニーズに柔軟に対応できる組織をつくることが経営課題となっています」(以下「 」内は宇都宮氏の説明)。
同院は、5キロ圏内の身体不調や移動手段がない患者の無料送迎を実施している。この無料送迎を活用し、地域ニーズの聞き取りをしたところ、2軒あったスーパーマーケットの相次ぐ閉店や路線バスの廃線予告により、買い物難民・交通難民が増加していること、交流機会の減少、健康問題などでひきこもりの高齢者が増加しているなどの地域課題が浮き彫りとなった。
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▲ 宇都宮病院の総合受付とリハビリ室 |
地域コミュニティの拠点「なるコミ」を開設
これらの地域課題に対し、日頃から病院に足を運んでもらい、気軽に受診や相談をしてもらえることを目指し、平成27年10月に地域の多世代交流拠点として健康とコミュニティを支援する「なるコミ」を開設した。
なお、「なるコミ」という施設名は、「和歌山市鳴神にあるコミュニティ」の略称で、地域住民が主体的に集まり、さまざまな活動や交流を通して健康につなげる居場所として運営している。
病院敷地内の看護師寮を建て替えた「なるコミ」は2階建てで、1階には多目的スペースやキッズルーム、相談室などを設置し、2階には職員食堂や休憩室があり、災害時の避難場所としての機能を備えている。
「なるコミ」の主な活動としては、@外来食堂での和歌山薬膳ランチの提供、A法人スタッフやボランティア講師による各種教室や講座の開催、B専門職による医療・介護・福祉に関する相談、C鳴神子ども食堂の開催、D市民体験型農園の運営などを行っている。
外来食堂で提供する薬膳ランチ(週替わりランチ1,200円)は、和歌山の新鮮な食材をふんだんに使用し、地域住民からは「健康によいだけでなく、おいしい」と好評で多くの利用がある。生活習慣病予防健診の受診者には薬膳ランチを無償提供しているという。
「薬膳ランチを提供した理由としては、多くの方が集う施設にするためのツールがほしいと考えたときに、『おいしく健康によいもの』と『楽しいこと』を組みあわせることで人が集まるのではないかと思いました。薬膳ランチの副菜は9種類くらいあり、ビュッフェ形式で楽しみながら、体調に応じた健康によい食事をとることができますし、会話のきっかけになるコミュニケーションツールとなっています」。
外来食堂の利用者には体質チェックシートを記入してもらい、チェック項目の多かった体質や体調に応じて、養生法やおすすめ食材を記載したカードを渡し、副菜を選ぶときの参考にしてもらっているという。
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▲ 病院敷地内に併設する「なるコミ」の外観 | |
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▲ 外来食堂で提供する「和歌山薬膳ランチ」。副菜はビュッフェ形式で、楽しみながら、おいしく健康によい食事をとることができる |
健康・趣味・文化に関する多様なプログラムを実施
多目的スペースでは、健康教室や趣味・文化に関する講座、勉強会などのプログラムを実施している。開設当初から開催する「なるコミ体操」(週2回)は、毎回満員になる人気プログラムとなっている。
健康や趣味に関するプログラムでは、ヨガ、フラダンス、ウクレレ、ピンポン、将棋、健康麻雀などがあり、生活に役立つプログラムとしては、スマホ、生前整理、風水開運教室、お金に関するセミナーなどを実施。さらに、親子を対象としたベビーマッサージ、リトミック、親子英会話など、こどもから高齢者を対象にした多様なプログラムを揃えている。
そのほかにも、認知症カフェやがんサロンを定期的に開催するほか、地域の医療機関・介護施設のスタッフを対象にした勉強会「医療と介護の未来塾」を開催し、情報共有とともに連携体制の強化を図っている。
毎月開催する「鳴神子ども食堂」は、こどもから高齢者まで毎回100人を超える利用があり、多世代交流の場となっていた。コロナ禍で活動が休止した際には、毎回360食の弁当配布を行うとともに、現在も食料配布事業に取り組んでいる。
併設する医療・介護・福祉相談室では、病院の地域連携室を「なるコミ」に移設したことにより、常駐する社会福祉士、精神保健福祉士、看護師、ケアマネジャーなどの専門職に無料で相談できる体制をつくっている。
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▲ 「なるコミ体操」(週2回)は、毎回満員になる人気プログラム | ▲ 生活に役立つ活用方法を学ぶスマホ教室の様子。そのほかにも英語、ヨガ、フラダンス、将棋、健康麻雀、生前整理教室など多様なプログラムを実施 |
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▲ 毎月開催する「鳴神子ども食堂」には、こどもから高齢者まで多世代が集まっていた。(コロナ禍以降現在では毎回360食の弁当配布を行っている) | ▲ 設置する医療・介護・福祉相談室では、専門職による無料相談を行う |
地域住民が主体的に活動に参加
「『なるコミ』の活動は、フィンランドの教育学者が提唱するノットワーキングという”結び目づくり“の活動をモットーにしています。緩い結び目をたくさんつくり、地域の課題を解決するときに強い結び目にするものです。緩い結び目は、しがらみもなく、心地よく必要なときに必要な人と結びあえばよいというところで、さまざまな課題を解決できると考えています。また、『なるコミ』の特色として、各種プログラムの参加費は500円を上限とすること、政治や宗教色が強い活動を禁止する以外は利用規約がなく、利用者から提案があった活動を実現することを基本としています。現在、ボランティア講師だけでも30人を超える登録があり、活動の企画・運営もほぼお任せすることにより、地域住民が自分たちの居場所だと思って、主体的に活動していただくことにつながっています」。
緩い結びつきをつくることや利用規約が少ないことは、利用者が同じメンバーに固定される状態を防ぎ、風通しのよい居場所を運営することができる要因となっているという。
さらに、地域住民に自分たちの居場所だと感じてもらえるよう、地域の関係者が理事となり、平成30年にNPO法人化して活動を行っており、令和3年には認定NPO法人の認可を受けている。
令和6年度には、地域コミュニティの活動を通して市民の健康増進につなげていることが評価され、和歌山県知事表彰を受賞している。
利用者数は月2900人に達し、地域に浸透
現在、「なるコミ」の月間利用者数は延べ2,900人にのぼり、さまざまな活動や交流、相談の場として地域に広く浸透している。
「多くの人たちが集まる要因としては、地域住民と一緒に自分たちの居場所をつくりあげていることがあると思います。秘訣としては私たちがあまり出しゃばらないことで、地域住民が主体的になり、活動が広がっていることを実感しています」
「なるコミ」の運営資金の確保策としては、薬膳アンバサダー養成講座を実施し、独自に作成した教材費と受講料などを運営資金に充てている。薬膳アンバサダー養成講座は、e-ラーニングで認定資格を取得できる仕組みをつくり、これまでに全国から200人以上が受講しているという。
そのほかにも、和歌山県の特産品である温州みかんの皮と山椒をブレンドした薬膳の便利酢「グラマラ酢」を商品化し、販売している。
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▲ 1階の多目的スペースでは、外来食堂や健康・文化・趣味に関する教室など、さまざまプログラムを開催。月間利用者数は延べ2,900人にのぼる |
「なるコミ」の運営が生み出す効果
「なるコミ」の採算性については、プログラムの参加費は1回100〜500円程度で、建物の建築費にはじまり、維持費、人件費がかかり、単体では収益を生み出しているわけではない一方で、法人全体の収益に大きく貢献しているという。
病院経営への効果としては、「なるコミ」に多くの親子が参加することに伴い、予防接種件数が大幅に増加している。とくに生活習慣病予防健診や人間ドックなどの健診事業の受診者は、「なるコミ」の開設前に比べ3倍に増加しているという。
さらに、社会貢献活動に取り組むことにより、地域の医療機関や介護事業所から病院の知名度と信頼性が高まり、紹介患者が増加するとともに退院調整がスムーズに行えるようになり、病床の稼働率、回転率ともに上昇している。
「『なるコミ』が生み出している効果としては、患者の増加や病床の稼働率の上昇による医業収益にとどまらず、社会貢献活動に取り組む病院で働きたいという専門職の応募が増え、採用活動に力を入れなくても人材を確保することができています。社会貢献活動に携わる職員は、やりがいや達成感が得られることで定着率が高まり、地域のニーズに対して柔軟に対応できる人材の育成にもつながっています」。
地域住民との信頼関係の構築や地域の医療機関・介護事業者との連携体制が強化され、同院が経営課題にあげる地域ニーズに柔軟に対応する組織づくりに、地域コミュニティ活動が大きな役割を果たしていることがうかがえる。
地域コミュニティの拠点をつくり、地域の活性化とともに病院経営への効果を生み出している同院の今後の取り組みが注目される。
医療法人久仁会 宇都宮病院 副理事長
認定NPO法人 健康とコミュニティを支援する なるコミ 代表理事理事長
宇都宮 越子 氏

現在、「なるコミ」には気軽に来所される方が多くいますが、受診しなくても足湯を利用したり、病院全体をコミュニケーションの場と思ってもらえるような、地域に開かれた病院を目指していきたいと考えています。
また、「なるコミ」については、キッズルームで一時保育を実施したり、こどもたちの学習支援や放課後の居場所として開放することを構想しています。
<< 施設概要 >>
病院開設 | 昭和45年 | ||
理事長/病院長 | 宇都宮 宗久 | ||
病床数 | 80床(医療療養44床、地域包括ケア36床) | ||
診療科 | 内科、呼吸器科、循環器科、消化器科、整形外科、肛門科、麻酔科、放射線科、美容皮膚科、形成外科 | ||
住所 | 〒640−8303 和歌山県和歌山市鳴神505−4 | ||
TEL | 073−471−1111 | FAX | 073−473−8567 |
URL | https://www.utsunomiya-hospital.com/ |
■ この記事は月刊誌「WAM」2025年2月号に掲載されたものを一部変更して掲載しています。
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