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— 兵庫県神戸市 社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団 特別養護老人ホーム万寿の家 —
利用者・職員の安心・安全のためのノーリフティングケアの定着へ

▲ 施設の外観

個々のニーズを尊重した医療・福祉サービスを提供


 昭和39年に設立された社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団(理事長:藪本訓弘氏)は、こどもから高齢者まで、誰もが尊厳を守られ、個性や能力を最大限に発揮し、その人らしい自立した暮らしができるよう、個々のニーズを尊重した医療・福祉サービスを提供している。
 現在の法人施設は、2カ所のリハビリテーション病院をはじめ、特別養護老人ホーム7カ所、障害者支援施設6カ所など、県内52カ所において75施設を運営。職員数約3000人を擁する全国屈指の規模の社会福祉事業団となっている。
 運営する2カ所の病院は、県のリハビリテーションにおける中核を担い、保健・医療・福祉の総合的なサービスを提供している。また、障害福祉サービスでは、入所施設から生活介護、自立訓練、就労支援、グループホームなどに加え、障害児の入所施設や児童発達支援、放課後等デイサービスを一体的に運営することにより、こどもから高齢者まで包括的な支援体制を整備している。
 そのほかにも、兵庫県から「福祉のまちづくり研究所」の指定管理を受け、すべての人たちにやさしい福祉のまちづくりを目指し、行政や民間企業、大学と連携を図りながら、介護ロボット機器や福祉用具の研究開発と普及啓発に取り組んでいる。


1人ひとりに寄り添う“ひとにやさしい”ケア


 神戸市にある特別養護老人ホーム万寿の家は、昭和41年に県内初の特養として開設された。令和2年10月に建物の老朽化により神戸市西区から北区に新築移転したことに伴い、介護ロボットの活用やノーリフティングケアに取り組んでいる。
 ノーリフティングケアは、介護する側・される側の双方にとって安心・安全な介護を提供するため、リフト等の福祉用具を活用した「抱え上げない、持ち上げない、引きずらない」介助方法となっている。
 ユニット型特養となる「万寿の家」は4階建てで、1ユニット10人×10ユニットの定員100人となっている。1階には地域住民の健康づくりを目的としたトレーニング室やカフェを設け、誰もが集える場を提供することにより地域に開かれた施設を目指している。
 施設のコンセプトについて、所長の友納和也氏は次のように説明する。
 「当施設は、これまで法人で実践してきたケアや取り組みを結集させ、ノーリフティングケアを中心とした『1人ひとりに寄り添う”ひとにやさしい“ケア』を目指すとともに、地域交流の拠点として地域づくりを推進することをコンセプトに掲げています。開設時はコロナ禍のため、地域住民に足を運んでもらうことは難しい状況がありましたが、トレーニング室は時間や利用人数を制限しながら実施することで、少しずつ地域に浸透し、現在はカフェとともに多くの人たちに利用いただいています」。
 そのほかにも、4階には緑化した見晴らしのよい屋上庭園をつくり、利用者が家族やスタッフと一緒に利用しているという。


 ▲ ギャラリーを設置した「万寿の家」のエントランス ▲ 1階に設置したカフェは、多くの地域住民に利用されている
 ▲ 天井走行リフトを設置した居室と共有スペース
 ▲ 施設内の設置したトレーニング室は、地域住民にも開放して健康づくりに利用されている ▲ 4階には見晴らしのよい屋上庭園を設置し、天気がよい日は利用者が職員や家族と一緒に利用されている

個別ケアとノーリフティングケアに取り組む


 実践するケアの取り組みとしては、多職種でのミールラウンドによる経口維持の継続、膀胱内尿量や排尿量の実測により、個別の排泄ケア、利用者個々の状態にあわせた入浴ケアなどの個別ケアにより、その人らしく自立した生活が送れるように支援している。
 さらに、ノーリフティングケアの実践や介護ロボット・ICTを積極的に導入することにより、ケアの質向上とともに、職員の働きやすい環境づくりに取り組んでいる。
 ノーリフティングケアについて、支援課長の定松美里氏は次のように説明する。
 「当施設では平成22年頃に取り組み始め、床走行リフトやとトランスフォーボード、スライディングシート、介助グローブを導入し、継続して使用していました。一定の効果はありましたが、システムとして継続できず、フェードアウトしていた経験があります。平成29年に研修を受け、平成30年度から実践を再スタートしました。新築移転後は、『利用者・職員双方にとって安心・安全な施設』をコンセプトに掲げ、『施設まるごとノーリフティングケア』に取り組みました。組織づくりとしては、『福祉のまちづくり研究所』が主催する研修を受講し、学んだ内容をもとに『統括マネジメント』、『職員教育』、『職員の健康管理』、『環境整備・福祉用具管理』、『対象者の個別プランニング』の5つの担当グループに分け、実践と検証を繰り返し行う体制をつくりました。多くの職員が役割をもつことで組織全体の取り組みであることを意識づけています」。
 福祉機器の導入にあたっては、さまざまな機種を試しながら、利用者・職員が使いやすい機種を選定し、利用者のアセスメントを通して必要な台数を設定。現在は、天井走行リフト39台、床走行リフト4台、スタンディングリフト15台を導入している。また、リフト等を活用した介護技術を高めるため、外部研修のほか、職員同士による練習会を年間100日程度行っているという。


 ▲ ノーリフティングケアの技術を高める練習会は年間100日程度行っている

利用者・職員双方に効果が生まれる


 ノーリフティングケアによる効果としては、職員の腰痛予防につながり、高齢になっても介護現場で働き続けることが可能となった。
 「とくに、入浴介助の効果が大きくなっています。介護施設では入浴介助に多くの人員が必要で、ユニット内のケアが手薄になることから、どこの施設でもどうすれば効率的かつ安全に入浴介助ができるかということが課題となります。すべての浴室に天井走行リフトやスタンディングリフト等を導入したことにより、シャワーキャリーへの移乗等はこれまでの2人から基本的にマンツーマンでの介助が可能となり、職員の応援を呼ぶ時間も短縮できています。また、リフトによる移乗介助は、抱え上げに比べて時間がかかる面がありますが、利用者の身体的な苦痛や不安感を取り除き、コミュニケーションをとる時間が増えるなど、ケアの質を高めることもできています」(友納氏)。
 また、当初は「人の手で抱えてほしい」という利用者からの要望があったというが、慣れることで安心感をもち、気兼ねなく移乗介助をお願いできるようになるなど、精神的な負担軽減にもつながっている。
 そのほかにも、抱え上げによる利用者の転落・皮膚創傷が減少し、下肢の筋緊張の高い利用者がスリングシートに吊られて自重がかかることで筋緊張が緩和されたり、リフトを活用することで車いすの座面に深く座れるようになり、正しい姿勢で過ごすことにつながるといった身体機能面での効果も生まれているという。
 これらの取り組みや腰痛予防への取り組みにより、同施設は兵庫県から「ひょうごノーリフティングケア優良モデル施設」の認定を受けている。


 ▲ 浴室に天井走行リフト等を導入し、個々のアセスメントを行うことにより、マンツーマンの入浴介助が可能となった ▲ リフトを使用した移乗介助の様子

介護ロボット・ICTを活用し、業務の負担軽減を図る


 介護ロボットやICTを活用したケアの取り組みでは、すべての介護スタッフにインカムを支給しているほか、介護ソフトの「CAREKARTE(ケアカルテ)」(株式会社ケアコネクト)、見守り支援システムの「眠りCONNECT」(パラマウントベッド株式会社)などを導入している。
 「ケアカルテ」は、施設全体にWi-Fi環境を完備することで、利用者の見守りやケアを行いながら、タブレットやPC入力で介護記録を作成することが可能となっている。また、「眠りCONNECT」は、マットレスの下に設置したセンサーにより、睡眠状態、心拍数、呼吸数などを測定し、離床や覚醒などの状態が通知されるほか、睡眠のデータを確認することにより、質の高い睡眠の提供や利用者の生活習慣の改善につなげることが可能となっている。
 「『眠りCONNECT』は、利用者が離床すると、タブレットやパソコンに情報が入るだけでなく、どのような状態であるのかを確認できるため、訪室する必要性を判断して対応することができます。とくに夜間帯の職員の身体的、精神的な負担の軽減につながっています」(定松氏)。
 そのほかにも、福祉用具ではベッドサイドで使用できる水洗トイレを導入している。
 「どうしてもポータブルトイレはにおいが気になりますが、移動式の水洗トイレは全居室に設置した配管につなぐことで、すぐに流すことができます。また、利用者の移動が少なくなるため、排泄で失敗することもほとんどなくなり、職員の排泄介助の負担軽減だけでなく、利用者が自立への意欲をもつことにもつながります。ベッドサイド水洗トイレは、新型コロナが感染拡大したときにも非常に役立ちました」(友納氏)。


 ▲ 各ユニットには、利用者が使いやすい多様なタイプのトイレを用意するほか、ベッドサイド水洗トイレを導入

利用者・家族、職員に選ばれる施設を目指す


 同施設は、新築移転にあたって多くの介護スタッフを確保する必要があったが、人材確保については厳しい状況にあるという。
 「立地する神戸市北区は介護施設が密集した激戦区で、職員だけでなく利用者の確保も非常に厳しくなっています。なかにはノーリフティングケアや介護ロボット・ICTを活用したケアに興味をもつ人の入職希望がありますが、介護スタッフについては人材派遣会社を頼らざるを得ない状況があります。最近は直接雇用されることを望まず、合わなければ辞めるという働き方が浸透してきているように感じます。今後は利用者・家族、職員から選ばれる施設になるためにも、ケアの質を高めることはもちろん、施設をきれいに保っていくことも重要だと考えています」(友納氏)。
 ケアの質向上と働きやすい職場環境づくりに向け、ノーリフティングケアを推進する同施設の今後の取り組みが注目される。  


対人援助の楽しさを伝えたい
社会福祉法人兵庫県社会福祉事業団
特別養護老人ホーム万寿の家
所長 友納 和也 氏

 現在の課題としては、利用者に対する良好なコミュニケーションの取り方や対人援助の基本となる部分をしっかり伝えていかなければならないと考えています。とくに、当施設はコロナ禍に入職した職員が多く、常に感染対策に気を配り、職員同士のコミュニケーションが十分にとれず、利用者との距離もとらざるを得ない状況が続き、それが染みついてしまっているところがあります。
 入職4、5年目の職員は、これからの法人を支えていく大切な人材になりますので、そこをいかに解いてあげられるかが課題だと思います。



<< 施設概要 >>
開設 昭和41年4月
理事長 藪本 訓弘
所長 友納 和也
住所 〒651-1133 兵庫県神戸市北区鳴子3丁目1−18
入所定員 1人
法人施設 リハビリテーション病院2カ所、特別養護老人ホーム7カ所、障害者支援施設6カ所など、計75施設・事業所
TEL 078−595−7010 FAX 078−595−7720
URL https://www.hwc.or.jp/manju/


■ この記事は月刊誌「WAM」2025年6月号に掲載されたものを一部変更して掲載しています。
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