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岡山県新見市・医療法人思誠会 渡辺病院

へき地医療拠点病院として 地域の救急医療の核に

 福祉医療機構では、地域の福祉医療基盤の整備を支援するため、有利な条件での融資を行っています。今回は、その融資制度を利用された岡山県新見市にある渡辺病院を取りあげます。同院は、へき地医療拠点病院として救急医療の機能強化を図るため、病院の移転新築を行いました。新病院の概要や医療提供体制について取材しました。

※この記事は月刊誌「WAM」平成29年4月号に掲載されたものです。


地域になくてはならない存在を目指す


 岡山県新見市にある医療法人思誠会渡辺病院は、昭和37年5月の開設以来、「地域にとってなくてはならない存在になる」という理念のもと、へき地医療拠点病院として地域医療を支えてきた。
 人口約3万人の新見市は、高齢化率が39・6%(平成28年10月現在)に達する地域である。同市を含む「高梁・新見二次医療圏」は、圏域面積が県の32%を占める広圏域であるのに対し、救急救命センターや周産期母子医療センターが一つもなく、市内に点在する100床規模の中小病院が救急医療を担っている。
 そのなかでも同院は、市内で発生した救急搬送の約4割を受け入れ、トリアージや初期対応を中心に軽症や中等症の患者の治療を行い、重症患者はドクターヘリなどを利用して圏域外の高度医療機関に搬送するなど、患者の状態に応じて適切な医療につなぐゲートオープナーの役割を果たしている。
 医療圏における医療提供体制の現状や課題について、同法人理事長・院長の遠藤彰氏は次のように語る。
 「高梁・新見医療圏の特徴として、医師・看護師をはじめとする医療従事者や病床数などの医療資源が県平均を大幅に下回っている現状があり、とくに新見市の場合は人口10万人当たりの医師数が県平均の4割程度にとどまります。その一方で、高齢化の影響により救急搬送件数が増加し、重度患者の割合が高くなっているものの、市内には中小規模の病院しかないため、救急患者の受け入れ体制に限界があることが課題となっています。そのため、市内で発生した救急患者の圏域外搬送率が高く、重篤な患者は高度医療機関のある倉敷市を中心とした県南部圏域の病院に1時間を要して搬送するケースも少なくありません。地域住民に安心して生活してもらうためにも、救急医療体制の整備が必要な地域となっています」。

県の地域医療再生計画を受け救急医療体制を整備


 これらの課題があるなか、岡山県が平成22年1月に策定した「地域医療再生計画」では、高梁・新見医療圏における救急・連携機能の強化等が盛り込まれ、救急医療の核となる対象施設として同院が指定を受けている。
 救急医療機能の整備にあたり、病院が手狭であったことに加え、建物が老朽化していたことから、新たな土地に病院の移転新築を行っている。
 移転先は地域医療再生計画の一環として、旧施設から2qほど離れた県有地の紹介を受け、約7015uの土地を取得(一部借地を含む)し、着工から竣工まで約1年の期間をかけて、平成26年4月に新病院を完成させた。

▲明るく広々としたスペースの総合受付と外来待合室

▲ゆったりした空間の一般病棟の個室には、洗面台や付き添い者用のソファーなどを設置

診療機能の強化やリハビリに力を入れる


 完成した新病院は、鉄骨造3階建てで、病床数は一般病床55床と療養病床33 床の計88床となっている。施設設計では、患者に癒しを感じてもらえるよう明るく温かみのあるデザインを採用し、医療スタッフが効率的に医療を提供していくために機能的な導線を確保することを心がけた。
 診療機能の整備では旧施設にはなかった救急処置室を設置したほか、手術室と内視鏡室を増設。これまで1室であった手術室は2室に増やし、股関節手術に対応可能な無菌室も新設した。そのほかにも、市内で唯一となる健診センターを拡張し、地域住民が健診を受けるために市外に出向かなくてもよい環境を整えている。
 さらに、急性期治療を終了した患者の在宅復帰につなげるため、リハビリ室は200uと広いスペースを確保し、リハビリ機能の強化を図った。
 「新病院では、入り口となる救急医療と、出口である在宅復帰の部分を支えていくため、リハビリに力を入れる方針を打ち出しました。リハビリスタッフはこれまでの4人から15人に増員したことで、365日体制でリハビリを提供していくことを目指しています」(遠藤理事長)。
 また、退院後のフォロー体制としては、院内にデイケアセンターと訪問リハビリテーションを新設し、在宅復帰後の患者が安心して在宅療養ができる体制を整備している。


▲200uあるリハビリ室では、セラピストを増員して早期からリハビリを実施 ▲健診部門を強化するため、新見市で唯一の健診センターを拡張した

充実した医師数を確保し救急医療体制を強化


 救急医療体制の強化では、医師数を充実させることが不可欠となるが、深刻な医師不足のなか、常勤医師5人と非常勤医師19人を確保している。
 なお、同院は医師不足や常勤医師の高齢化などで、24 時間体制の維持が困難になり、平成19年1月に救急告示病院の指定を取り下げていたが、新病院の開設にあたり再度指定を受けている。
 医師の確保策として、地域医療の充実を使命とする自治医科大学を卒業した医師を中心に、大学病院などの医局とのつながりや社会医療法人の病院から医師の派遣を受けている。また、研修医の実習を積極的に受け入れ、地域医療を支える総合診療医の育成に取り組んできたことが実を結んでいる。
 「医師の確保では、昨年4月にこれまで非常勤で働いてくれていた新見市出身の女性医師が医局長に就任してくれたことが非常に大きかったと思います。当院が地域医療再生計画の指定を受けた際に、一緒に地域医療を支えていきたいと自ら入職を申し出てくれたのですが、へき地における救急医療の問題を理解し、地元の医療をよくしていきたいと考えている貴重な人材となっています。新病院では『救急患者を断らない』ことを目標に掲げているのですが、彼女が中心となって救急医療の体制づくりに取り組んでいます」(遠藤理事長)。
 「救急患者を断らない」ための工夫としては、救急隊からの要請の電話に対し、当直の医師が対応する体制としている。そうすることで的確な判断ができるとともに直接依頼を受けて断りにくいという心理的なこともあり、受け入れ率が高まったという。
 また、その女性医師は、一般外来や乳腺専門医として市内で唯一の乳腺外来を担当するほか、新見市を中心とした県北部の女性医師や看護師などの医療従事者のサポートや人材育成を行う「PIONE プロジェクト」の一員として精力的に活動している。
 同プロジェクトは、新見市と岡山大学との協働事業として地域医療を支えることに取り組んでおり、医療過疎地では看護師の役割が大きいため、緊急時の的確な判断力を身につけるシミュレーション訓練などを定期的に企画している。活動により新見市出身の医師や看護師を確保することにもつながっているという。

▲院内に設置した職員食堂は、スタッフ同士のコミュニケーションを図る場にもなっている

地域連携室が中心となり医療機関との連携を図る


 地域連携の体制について、同法人理事・事務部長の横内賢裕氏は次のように語る。
 「医療機関との連携では、地域の医療機関だけでなく、県南圏域の高度医療機関との連携が必要になりますので、社会福祉士3人を配置した地域連携室が中心となって連携を図っています。また、退院調整ではADLで問題を抱える高齢患者が多いため、リハビリスタッフを中心に看護師、MSW(医療ソーシャルワーカー)、管理栄養士などの多職種で構成するチーム医療を実践しています」。
 同院はへき地医療拠点病院として、へき地診療所に医師を派遣しているが、岡山県内にあるへき地医療拠点病院とへき地診療所のスタッフが定期的に集まり、互いの活動を報告し、情報共有することに取り組んでいる。
 そのほかにも、市の医師会が主催する介護施設を含めた施設連携を図るための会合があり、構成メンバーは同院のスタッフが中心になっている。「会員は30人もいない医師会で大体顔見知りなので、連携がとりやすい」と遠藤理事長は語る。
 これらの取り組みや救急告示病院となったことで、一時は300件を下回った年間救急搬送受入数は400件を超え、救急の受け入れ率も移転前の70%台から28年度は85・4%にまで上昇するなど、大きな成果につながっている。


経営改革を実行して経営状況は好転


 さらに、同院は平成26年から横内事務部長が中心となって、病院の経営改革に着手し、2年間かけて黒字化させている。
 経営改革では、これまで一社購買であった薬剤などをはじめ、すべての取引先を見直したという。人件費については非常勤医師のコストが高くなっていたことから、地域医療に意欲的な医師に常勤になってもらうことを働きかけ、常勤医の割合を増やしたことで大幅な節減につなげた。
 「収入面に関しては、入院単価とベッドの稼働率を上げるとともに、取り逃していた加算が多くありましたので、経営コンサルタントに入ってもらい、算定できる加算を積み上げていきました。また、これは全国的な傾向かもしれませんが、外来患者数は減少しているのに対し、時間外の患者が増えていることも収入面では大きくなっています。また、若い医師が増えたことで『救急患者を断らない』ことが実践できている効果が出ているのだと思います」(横内事務部長)。
 今後の展望については、地域包括ケアシステムを支える総合診療医の育成に取り組みたいと遠藤理事長は語る。
 「地域包括ケアシステムでは中小病院の総合診療医が担う役割が大きいと思いますので、地域のなかで質の高い総合診療医を育成していくモデルを構築し、全国に発信することができればと考えています。また、地域医療を支えるプライマリーなケアを提供する病院として、地域に貢献するとともに、そのような機能をさらに伸ばすためにも、人的資源が揃えば、訪問看護や訪問診療に取り組んでいく必要があると感じています」。
 医療資源が乏しいなか、へき地医療拠点病院として救急医療の核となっている渡辺病院の取り組みが今後も注目される。

職員の意識づけに力を入れる
医療法人思誠会 渡辺病院

理事・事務部長
横内 賢裕氏
 平成26年から実施した経営改革では、2年間をかけて病院の経営を立て直すことができましたが、職員に対しては「専門職である前に法人職員である」という意識づけを行うことに力を入れました。例えば、業務に関することやイベントには全職員に参画してもらい、病院の経営状況は管理職以上にはすべて公開しています。
 ただ経費削減を呼びかけても行動は変わりませんが、なぜ経費削減が必要なのか、取り組みにより収益にどのような影響があったのか、数字をみせることが重要だと考えています。このような意識をもってもらうまでには時間はかかりましたが、繰り返し伝えることで浸透してきたと思います。


患者と医療従事者に選ばれる病院を目指す
医療法人思誠会 渡辺病院

理事長・院長
遠藤 彰氏
 現在、策定が進められている地域医療構想では、高梁・新見医療圏の半分近くの病床を削減するという話が一部で出ています。しかし、現実として病床を減らしても過疎地では在宅療養を支える家族が都市部で生活していることも多く、介護施設の整備も十分ではないため、帰る場所に困っている高齢者は少なくありません。そのためにも、居宅系で比較的安いコストで生活できるような受け皿の整備が必要だと感じています。
 また、このような状況のなかで当院が生き残っていくためには、患者のニーズにしっかりと応えていくことで地域のなかで特別な存在になり、地域社会の一員として患者だけでなく医療従事者にも選んでもらえる病院にしていかなければならないと考えています。



<< 施設概要 >>
施設の概要 医療法人思誠会
渡辺病院
施設開設 昭和37年5月
理事長/院長 遠藤 彰氏
職員数 140人(平成29年2月現在)
病床数 88床(一般病床55床、療養病床33床)
診療科 外科、乳腺外科、整形外科、脳神経外科、内科、循環器内科、神経内科、放射線科、リハビリテーション科
併設施設 健診センター/デイケアセンター/訪問リハビリテーション
住所 〒718−0003 岡山県新見市高尾2278−1
電話 0867−72−2123 FAX 0867−72−2193


■ この記事は月刊誌「WAM」平成29年4月号に掲載されたものを掲載しています。
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