—熊本市・特定医療法人佐藤会弓削病院—
「地域の要請を断らない」をモットーに精神科医療に貢献
福祉医療機構では、地域の福祉医療基盤の整備を支援するため、有利な条件での融資を行っています。今回は、その融資制度を利用された熊本市の弓削病院を取りあげます。同院は「地域の要請を断らない」をモットーに、地域の精神科医療を長年にわたり支えています。実践する医療提供の特色や、平成31年4月に完成した新病棟の概要について取材しました。
昭和40年の設立以来、地域の精神科医療を支える
熊本市にある特定医療法人佐藤会弓削病院は、精神科病院として昭和40年の開設以来、「地域社会への積極的な貢献」という法人理念のもと、地域の精神科医療を長年にわたり支えてきた。
現在の病床数は全160床で、その内訳は精神科救急入院料病棟60床、精神科急性期治療病棟48床、精神科一般病棟52床となっている。
近隣には製造業の大規模工場や団地などがあり、県内でも有数の人口増加地域となっている。さらに、九州自動車道、国道沿いに立地し、県内各地からの救急患者の搬送が多いなか、「地域の要請を断らない」という姿勢を徹底しており、病床稼働率は93%(令和3年度)と高い水準を誇っている。
「地域の要請を断らない」という病院の方針について、院長の相澤明憲氏は次のように語る。
「医療機関では発熱や頭痛などの症状で受診すると、その日のうちに治療を行うのに対し、精神科だけ受診や入院に数週間待たなくてはならないことは普通ではないと思っています。困っている人がいれば、できるだけ早く対応することが重要であり、そのような方針が各専門職と共有できていることが当院のいちばんの強みだと思っています」。
外来診療では、うつ病などの気分障害、統合失調症、神経症・ストレス関連の患者が大部分を占め、近年は適応障害やうつ病などで休職している患者の復職支援を行うリワークにつながるケースが増加傾向にあるという。
先進的治療に積極的に取り組む
同院が実践する精神科医療の特色としては、先進的治療の実践をはじめ、小児思春期センターの開設、退院後のサポートを行う在宅訪問支援、デイケア・デイナイトケア、リワークなどを実施している。 先進的医療の取り組みでは、うつ病により機能が不十分になっている脳の部位に、パルス磁場による誘導電流を流し、神経細胞を刺激することでうつ症状を改善させる治療法「rTMS」(反復経頭蓋磁気刺激療法)や、従来の電気けいれん療法より安全に治療できるパルス波治療機を用いて、電気刺激を与える治療法「m-ETC」(修正型電気けいれん療法)を実施。そのほかにも、クロザピン(治療抵抗性統合失調症治療薬)、LAI(持続性注射剤)など、新薬による治療にも積極的に取り組んでいる。 平成25年に開設した小児思春期センターは、小中学生を対象に各種検査や診断、治療(薬物療法、精神・心理療法、家族療法など)を多職種チームで行っている。小児思春期の患者は増加傾向にあり、高いニーズがあるという。
▲ 弓削病院の総合受付 | ▲ 広々としたスペースでゆったり待てる開放感のある待合室 |
▲ 病室と各病棟に設置したデイルーム。主にうつ病患者が入院するユニットには、睡眠リズムを整える照明システム「ソライロ」を全室に導入 |
退院後の在宅療養をサポート
退院後のサポート体制としては、敷地内に併設したデイケア・デイナイトケアを行い、再発防止や安定した地域生活を送るために、コミュニケーションや心理教育、生活支援、就労支援などの多様なプログラムを利用者一人ひとりの目的にあわせて提供している。
デイケアの特色について、理事長の池田英世氏は次のように語る。
「デイケアの利用者には、10〜30代で就労を希望する人が多く、ハローワークや地域の就労支援事業所に同行するなど、就労支援に力を入れていることが特色となっており、居場所というより次のステップに進むための通過型のデイケアとなっています。また、デイケアのプログラムの一つに、うつ病などで休職している人の復職支援を行うリワークを実施しています。認知行動療法や心理教育(SST)などのリワークのプログラムを受けた利用者のうち、約8割が復職につながっています。一方で、地域の診療所からうつ病の診断を受け、紹介された利用者のなかには、検査をしてみると、発達障害の問題が基盤にあったり、アスペルガー、自閉症の傾向が強い人も多く、うつ病であればプログラムを半年受けることで復職できていましたが、最近は1年くらい時間を要する事例も増えています」。
現在、リワークはデイケア全体の利用者に占める割合が3分の1を超え、今後も増加していくことが予想されるため、精神保健福祉士や看護師、作業療法士を増員していくことで調整しているという。
在宅訪問支援では訪問診療と訪問看護を実施しており、訪問診療は医師3人、訪問看護は看護師5人を配置し、患者の症状にあわせて精神保健福祉士や作業療法士がチームを組んで訪問している。多職種が連携を図りながら、それぞれの職種の視点から服薬管理や症状の確認を行うほか、自立した生活を送るための支援や社会資源の提案、家族のケアを行うことで、患者が安心して在宅療養を送ることが可能となっている。
そのほかにも、家庭環境や住宅事情などの理由により、住宅の確保が困難な精神障害者に対し、低額な料金で居室や日常生活に必要なサービスを提供する福祉ホーム「あすなろ」(定員29人)を運営。同施設には生活相談ができる管理人を配置し、病院の専門医やデイケア・デイナイトケアのスタッフと連携しながら、服薬指導や食事の世話、生活に必要な援助等を行っている。
▲ 敷地内に併設したデイケアでは、再発防止とともに安定した地域生活を送るためにコミュニケーションや生活支援、就労支援、リワークなどの多様なプログラムを提供 |
▲ 新病棟に設けた患者専用の図書コーナー | ▲ 緑に囲まれた中庭は、患者・家族の憩いの場として利用されている |
連携先との顔の見える関係づくり
地域の医療機関との連携について、人事企画室・医療福祉課係長の森祐樹氏は次のように説明する。
「病院全体で『地域の要請を断らない』という考え方が浸透し、医師や看護部長と入院調整をする際にも基本的に受け入れていくことが共有されているので、現場のワーカーとしては非常にやりやすくなっています。紹介を受ける医療機関の要望は『少しでも早く受け入れてほしい』というものが大半ですので、できるだけ先方の要望を叶えられるよう丁寧に対応していくことで、次につながっていきますし、連携する医療機関や介護施設には定期的に出向き、顔の見える関係をつくることに取り組んでいます。現在は新型コロナウイルス感染拡大で休止していますが、小児思春期センターを開設していることから、学校関係者と定期的にカンファレンスを行うなど、地域と連携を図っていることも当院の特色だと思います」。
病院の増築に伴い、救急・急性期治療病棟を増床
同院は、平成31年4月に病院の増築を行い、新病棟を完成させている。
「病院を増築した目的としては、病床基準の変更や『入院から外来へ』という時代の流れにより、外来需要が増加していくなかで建物の動線や使い勝手で不便が生じていたことがあります。また、救急搬送数や措置入院件数の増加により、増築前の精神科救急病棟32床ではやり繰りが難しくなっていたこともあり、救急・急性期治療病棟の増床とともに、建物の老朽化・狭隘化の解消を目指しました」(池田理事長)。
増築後の病棟編成は、精神科救急病棟を32床から60床、精神科急性期治療病棟を42床から48床に増床し、令和2年10月に精神科療養病棟(52床)を精神科一般病棟に変更した。
新病棟の設計では、各フロアに作業療法室を設置し、病棟の患者に応じた作業療法プログラムや社会復帰を目指した生活指導、生活支援を実施できる環境をつくるとともに、1階部分は高齢患者の入院を想定し、転倒時のリスクを軽減するためにクッションフロアを取り入れた。
また、新型コロナウイルス感染拡大前からウイルスや細菌除去、消臭を目的にジアース(次亜塩素酸水)を設置したほか、主にうつ病患者が入院するユニットの全病室に照明システム「ソライロ」を導入した。「ソライロ」は、時間の経過とともに照明の色調が変化する照明システムで、開放感やリラックス効果があり、患者の睡眠リズムを整えることにつながるという。
▲ 各病棟は屋外の遊歩道で結ばれており、敷地内であっても散歩を楽しむことができる |
▲ 特定医療法人佐藤会弓削病院院長 相澤明憲氏 |
医師・看護師の安定した確保を実現
近年、医療スタッフの確保は全国的な課題となっているなか、同院では医師、看護師とも比較的安定して確保することができているという。
医師については、先進的治療の実践や症例数が豊富な同院で精神科医療を学ぶことを希望する医師が多く、常勤医17人(非常勤10人)を確保している。
「看護職については、当院は入退院の回転が速いこともあり、もっとゆったりした精神科病院で働きたいと離職するケースもありますが、看護学校の実習先として4校から実習生を受け入れていることが少しずつ実を結び、来年4月には4人の新卒が入職する予定です。民間の精神科病院に新卒の看護師が入職することは、以前はなかったことなので、職員が実習生に対し、精神科医療にやりがいを感じてもらえるような指導をしていることが、結果につながっているのだと思います」(池田理事長)。
今後の課題について、相澤院長は地域のニーズに対応した医療提供体制を整備する必要があるとしている。
「小児思春期センターはニーズが非常に高く、なかなか受診の予約が取れない状況が続いています。その要因の一つとして患者家族は、早期の診療を希望し、多くの医療機関に予約し早いところで受診するため空予約が多くなっていることです。当院だけで解決できる問題ではありませんが、対応を考えなくてはならないと思います。また、近年は一般病院や介護施設に入院や入所する高齢者のBPSD(認知症の行動・心理症状)で対応に困り、受け入れてほしいという入院依頼が複数ある日も多くあります。一方で、身体的な問題に加え、介護の問題と精神症状があり、なかなかすべてに対応することは難しいため、地域の関係機関と連携しながら解決方法を考えていく必要があると感じています」。
地域のニーズに応え、精神科医療に貢献する同院の取り組みが今後も注目される。
特定医療法人 佐藤会 弓削病院
理事長 池田 英世 氏
当院のある地域は、今後20年間は人口が減少しないことが推計され、そういう意味では恵まれた地域といえます。しかし、年齢構成や疾病構造の変化で地域のニーズや当院に求められる役割が変わっていくことも考えられますので、対応していかなければならないという思いがあります。
また、当院の時間外診療件数はコロナ禍以前300件前後でしたが、令和3年度は323件、本年度は360件ペースで推移しています。中長期的な目標として社会医療法人の認定要件となる年間440件を目指しています。
当院は、「地域の要請を断らない」ことをモットーに、他の医療機関が受け入れることができない患者の入院依頼を率先して受けており、時間外の実績以外も評価してもらいたいという気持ちもありますが、いずれは社会医療法人の認可を受けることができればと考えています。
<< 施設概要 >>令和4年10月現在
理事長 | 池田 英世 | 病院開設 | 昭和40年 |
病院長 | 相澤 明憲 | 職員数 | 237人 |
診療科 | 精神科 | ||
病床数 | 160床(精神科救急入院料病棟60床、精神科急性期治療病棟48床、精神科一般病棟52床) | ||
法人施設 | 精神科デイケア・デイナイトケア/在宅訪問支援(訪問診療、訪問看護)/福祉ホーム/小児思春期センター/地域生活支援センター | ||
住所 | 〒861−8002 熊本市北区弓削5−12−25 | ||
TEL | 096−338−3838 | FAX | 096−339−7877 |
URL | https://www.yuge-hp.or.jp |
■ この記事は月刊誌「WAM」2022年12月号に掲載されたものを一部改変して掲載しています。
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