特定非営利活動法人チャイルド・ケモ・ハウス
小児がん患児と家族のQOLに配慮した日本初の小児がん専門治療施設を開設 特定非営利活動法人チャイルド・ケモ・ハウス
※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年2月号に掲載されたものです。
心身の成長を妨げる小児がんの治療環境
兵庫県神戸市にある特定非営利活動法人チャイルド・ケモ・ハウスは、公益財団法人チャイルド・ケモ・サポート基金とともに、小児がんの子どもとその家族のQOL(生活の質)に配慮した日本で初めての小児がん専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」を平成25 年2月に開設した。同施設は「がんになっても笑顔で育つ」をスローガンに共同住宅と小児科診療所を併設し、自宅のような環境で家族がともに暮らしながら、小児がん患児が安心して化学療法(抗がん剤治療)を受けることが可能となっている。
▲小児がん専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」 |
小児がんは年間2000 〜 3000人、1万人に1人の子どもが発症するといわれているが、近年医療の進歩により長期生存率は7〜8割まで向上している。成人になってからのがんと違い、子どもたちは治療しながら心身ともに成長していかなくてはならないが、現在の治療環境はそれを妨げる要因が多くあるという。
小児がん治療の入院環境について、同法人事務局長の田村亜紀子氏は、次のように語る。 「私も患児家族になりますが、小児がんの治療は長期の入院が必要になります。病室は隣の患者とカーテン1枚で仕切られているだけで、付き添う親の簡易ベッドを置くとスペースが埋まるような狭い空間です。そのなかで、子どもたちはつらい抗がん剤治療に耐えています。また、生活の場所はベッドの上となり、感染症のリスクを回避するため兄弟や友人も会うことが制限され、孤独になってしまいます。支える親も常に周りに気を遣いながらの生活が続くことで大きなストレスを抱えており、家族がバラバラの生活を送ることを余儀なくされます」。
治療環境を改善する研究会を発足
このような環境を改善するため、平成17 年に患児家族や医療関係者、建築家などで構成する「小児血液・腫瘍分野における人材育成と患児のQOLに関する研究会」を発足。翌年、特定非営利活動法人の法人格を取得し、小児がんの子どもと家族にとっての理想的な治療環境とは何かを模索するなかで、既存の医療制度では小児がん患児をしっかりサポートすることは難しいと考え、小児がん治療時も子どもが健やかに成長できる環境を提供できる新しい施設をつくる構想があがった。
「そのなかで重視したのは当事者の声です。『家に帰りたい』という想いから『診療所の付いた家をつくろう』という発想が生まれました。コンセプトは子どもと家族が一緒に暮らし、家族らしい当たり前の日常生活を送りながら、併設した24時間体制の診療所で化学療法を受けられる施設です。建築資金を集めるため『夢の病院をつくろうプロジェクト』を立ち上げて、寄付金集めを開始しました」(以下、「 」中は田村事務局長の説明)。
平成22年には、一般財団法人チャイルド・ケモ・サポート基金(平成23年に公益財団法人化)を設立し、長期の闘病生活を強いられる、小児がんなどの難治性小児疾患の子どもとその家族への施設滞在費などの助成、患児や家族の生活の質の向上を目指して活動をしている団体への助成を行いつつ、寄付などで集まった建築資金を蓄えて開設の準備をすすめた。
用地の確保については、同法人の考えに賛同した神戸市から、最先端の医療施設や研究機関が集積する「医療産業都市」に用地の提供を受けることができた。敷地面積3500平米のうち、3分の2にあたる住居部分は無償貸与となっている。このような立地を確保したことで、専門的な治療が必要なケースには近隣の医療機関と連携することも可能になっている。
家族がともに暮らしながら治療できる施設
構想から8年、多くの団体、個人、企業からの寄付や支援を受けて、平成25年2月に小児がん専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」は完成した。
住居部分は全19戸で、居室ごとに風呂、トイレ、キッチンを完備しており、親が料理を作るといった当たり前の光景のなかで、患児は過ごすことができる。居室の種類は、親と子の2人入居から祖父母が来た時にも対応できるように、さまざまなタイプの居室を用意した。病院の床は土足のため、乳幼児期にハイハイや立ちあがる練習をさせることができなかった経験をもつ患児家族の声が反映され、和室のある住居もある。
▲ 通常、病院の床は土足のため、生活場所はベッドの上になるが、同施設では、畳のある部屋を用意することで、乳幼児のハイハイや立ちあがり練習をすることができる。 |
治療中の子どもは免疫力が下がるため、感染症予防が重要となるが、室内は最新技術を使用した換気システムにより、常にきれいな空気が流れる設計となっており、安心して過ごすことができる。また、居室ごとに外から入れる玄関も設置しており、時間を気にせず仕事を終えた親が家に戻ってくることもできる。
「子どもにとって一番支えになるのは、病気になる前と同じような家族でいるということです。病院では主に母親が付き添うことが多いのですが、当施設ではできるだけ父親も一緒に住んでもらいたいと思っています。雰囲気だけでも家にいるような環境で、子どもをサポートすることが必要だと考えています」。
▲ 最も多いスタンダードタイプの居室では、2台のベッドが備えられている。スペースに余裕があるため、4人家族でも宿泊が可能。 |
医療者が24時間常駐する小児科診療所を併設
併設の診療所は、医療者が24時間常駐し、外来診療、在宅医療、化学療法、緩和医療などを提供する。施設内で住居部分とつながっているので、患児・家族に大きな安心感を与えることができる。
▲ 医療者が24時間常駐する診療所は、患児・家族に安心感を与える。 | ▲ 乳幼児専用の診察室。医師からの要望で、乳幼児が動いても危険がないよう可動式の点滴機材を壁の上部に設置 |
共有スペースには、保育園のような「プレイルーム」、勉強ができる「教室」、「共用キッチン」などを設置したほか、小児病棟では孤立してしまいがちな中・高生が集まれるスペースを設けて、思春期の患者への配慮もされている。
治療中の患児は、抗がん剤の副作用で匂いを受け付けない期間があるため、居室に匂いが充満しない気密性の高い共用キッチンで料理をすることが可能となっている。共用キッチンからはプレイルームが見渡せるため、子どもは料理をしている親の姿をみながら安心して遊ぶことができる設計になっている。
▲ 抗がん剤の副作用で匂いに敏感になるときには、部屋に匂いが充満しないよう、気密性の高い共用キッチンで料理することもできる。 | ▲ 天窓や中庭があり、採光がよいプレイルーム。衛生面も工夫されており、感染症の注意が必要となる患児も安心して遊べる。 |
教室では週2回、養護学校から教師を派遣してもらい訪問学級を実施する。
「訪問学級とボランティアによる家庭教師を組み合わせて、治療中に学習が遅れることのないようにしていきます。また、学校らしい時間を味わってほしいという考えから、つながりのある企業などにワークショップなどを入れていただく予定となっています。小児がんになって、我慢するのが当たり前だと思っている子どもたちに、当施設にいたから、このような授業を受けられたと思ってもらえるようなプログラムをつくっていきたいと考えています」。
▲ 教室では「訪問学級」を実施。子どもの本分である「育つ」ために必要な場所となる。 |
スタッフの体制については、住居部分は法人の事務局の職員4人。診療所の医師は常勤1人、非常勤が2人であるが、今後の入居状況でスタッフを増員していく予定である。
生活面・治療面をみられるサポート専門員を育成
同施設では生活面と治療面を一体化させたサポート計画が必要となるため、それらを実施・指示していけるサポート専門員の育成に取り組んでいる。ベースとなる資格にこだわるのではなく、イメージとして生活面をみることができる看護師、治療計画をたてることができるソーシャルワーカーを育成していくとしている。
なお、同施設は昨年3月に建物が完成し、5月から診療所は稼働しているが、患児・家族の入居は今年からの予定となっている。
「当施設の入居は、1週間前までに申し込みしていただき、現在かかられている病院の紹介が必要になります。患者さん・ご家族が施設に入居できる状況なのかを確認し、現在かかっている病院と調整をして入所していただくかたちになります。新しい施設なので、病院にどこまで理解を得られるか、また、とくに遠方の方には、当施設がどのような施設であるかをしっかりと理解してもらうことが重要だと考えています」。
昨年12月から入居希望の募集を開始し、すでに多くの問い合わせが寄せられているという。
小児がんに関する「生活相談センター」を設置
そのほか、昨年10 月から小児がんに関する「生活相談センター」を設置し、患者・家族や小児がんの子どもたちをサポートする教育、社会福祉、保育関係者からの電話相談を開始している。
なお、この生活相談センターは「小児がんの子どもと家族の生活情報センター事業」として、平成25 年度独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて実施されている。
小児がんの子どもと家族が安心して治療や就学、社会との交流を続けることのできる生活環境を整備することを目的に、診断直後からの治療や生活面での相談、寛解後の長期フォローアップなど、小児がん患児や経験者、その家族の生活への総合的な情報提供を実施する事業となる。
電話相談には診療所の医師や看護師で対応しているが、家族から退院後に自宅で生活する際の食事や感染面でどのような注意が必要になるかといった生活のサポートに関する相談が多く寄せられる。入院中は病院に守られているが、退院して自宅に戻ると親子が孤立し、不安を抱えているためである。
「生活のサポートはニーズから始まると思いますので、そのニーズを的確に集めて、サポートにつなげていきたいと考えています。また、当事者からの相談はもちろんですが、当事者をサポートしている方たちにも相談してきてもらいたいと考えています。例えば、退院後の小児がんの子どもに対して、学校ではどのように対応すればよいのかわからないなど、サポートする側の人たちも困っています。支援者の支援というのはとても重要で、患児・家族だけでなく、周りでサポートをする方に届けていくことが必要です。その課題をクリアしなくては、社会に帰っていくことも難しいと考えています」。
課題については、同施設は現在の日本の医療保険制度のなかで位置づけられているものではないため、家賃、診療所の診療報酬以外の収入はなく、寄付によって運営している。同施設で治療ができることを医療関係者、医療機関に認められ、それによって患者を安心して紹介してもらえるようにしていきたいとしている。
将来的には、同様の施設が全国に広がることで、小児がんになった子どもが、笑顔で家族とともに治療をすることができるような環境づくりを目指したいということだ。
特定非営利活動法人チャイルド・ケモ・ハウス事務局長 田村 亜紀子 氏
子どもをサポートする環境づくりで大切なことは、まずは家族が一緒にいられるということです。子どもの精神状態を安定させるには自宅にいるような環境で子ども自身をサポートすることが重要だと思います。
もうひとつは、子どもにも成長の過程で学校生活や友人など築き上げていく社会があります。しかし、入院することでその社会が断絶されてしまうと、子どもは孤独感をもちます。当施設では友人と会える環境をつくり、できるだけ築いてきた社会を大事にしてあげたいと考えています。
また、医療の進歩で小児がんの生存率が高まったことで、小児がん経験者が増え続けています。強い抗がん剤や移植手術を受けると副作用として晩期合併症(二次がん、ホルモン生殖機能への影響、臓器への影響、感覚器への影響など)が出てくることがあり、就職や結婚などの大きなライフイベントに影響することが問題になっています。
当法人では、これまでの活動での企業とのつながりを強みにして、小児がんの経験者向けの就業支援のサポートプログラムを当事者と一緒に作っていきたいと考えています。
<< 法人概要 >>
法人名 | 特定非営利活動法人チャイルド・ケモ・ハウス | ||
理事長 | 大園 恵一 氏 | 事務局長 | 田村 亜紀子 氏 |
設立時期 | 平成18年 | 職員数 | 4 人 (平成25 年12月末現在) |
電話 | 078−303−5315 | FAX | 078−303−5325 |
URL | http://www.kemohouse.jp/03_kemohouse.html |
※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年2月号に掲載されたものです。
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