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高齢・介護

静岡県藤枝市・社会福祉法人三愛会 特別養護老人ホーム愛華の郷

特別養護老人ホームにおける人材戦略・組織づくり

 福祉医療機構では、地域の福祉医療基盤の整備を支援するため、有利な条件での融資を行っています。今回は、その融資制度を利用された静岡県藤枝市にある特別養護老人ホーム愛華の郷を取りあげます。同施設は敷地内に建物を増築し、ユニット型個室30床を増床しました。特養単体を運営する法人の組織づくりや実践している地域貢献活動の取り組みについて取材しました。

※この記事は月刊誌「WAM」平成29年5月号に掲載されたものです。


特養を中心に地域に根ざした介護サービスを提供


 静岡県藤枝市にある社会福祉法人三愛会は、平成15年3月の設立以来、「三つの喜び(利用者、地域、職員)」という経営理念のもと、地域に根ざした介護サービスを提供してきた法人である。法人施設は入所定員100人の特別養護老人ホーム愛華の郷を中心に、デイサービスセンター(定員50人)、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター(藤枝市委託事業)を併設している。
 法人の設立経緯は、藤枝市にある医療法人の役員を務めていた理事長の阿井彰氏が、リハビリテーション病院や介護老人保健施設等を運営するなかで、在宅復帰を目指す患者・家族が、行き場がなく困窮している現状を憂慮し、不足していた特養を整備する必要を感じたことがきっかけであった。このような想いに賛同した地域の行政経験者や企業経営者が中心となって、社会福祉法人を設立し、平成15年10月に市内4カ所目となる特養を開設した。
 さらに、同施設は平成27年4月に施設の敷地内に建物を増築し、ユニット型個室30床を増床して現在に至る。
 施設の増床について、施設長の阿井孝和氏は次のように語る。「当施設は250人前後の入所待機者が常態化し、施設整備の必要性を感じていたことから、市の整備計画に基づき、ユニット型個室30床を増床し、入所定員100人の特養に変更しました。既存の従来型個室と多床室に加え、ユニット型個室の3タイプの居室を設けることで利用者の入所ニーズに対応しています。また、100床にすることで経営効率が非常によくなることも増床した理由の一つとなっています」。
 その後、完成した建物の愛称を職員から募集し、『ゆうか』と名づけている。

▲平成27年4月に敷地内に平屋建ての建物を増築し、ユニット型個室30床を増床
▲増床したユニット型個室のほか、従来型個室、多床室の3タイプの居室があり、利用者の入所ニーズに対応している

口腔ケアに力を入れ、利用者の生活の質を高める


 愛華の郷が実践しているケアの特色について、介護長の中邑愛氏は次のように語る。
 「ケアの方針では利用者一人ひとりの意向をしっかりと確認し、その人にあった個別ケアを提供することを大切にしています。スタッフによって介助方法などに違いがでないよう、多職種が情報共有する機会を頻繁につくり、ケアの統一を図ることを徹底しています。ケアの特色としては、開設当初から利用者の口腔ケアに力を入れてきました。地元の歯科医師の協力を得て、指導を受けた介護職員を中心に多職種が連携しながら、1日3回のケアを提供しています。利用者の口腔内は常に清潔な状態が保たれていますので口臭はもちろん、誤嚥性肺炎が起きるケースはほとんどなく、生活の質を高めることにもつながっています」。
 また、併設するデイサービスセンターでは、利用者本人が1日の活動プログラムを決める「自己選択・自己決定方式」を採用。手芸や計算ドリル、菓子づくりなどのさまざまなプログラムを揃え、利用者が自分の活動したいメニューを選択できることから、リハビリに意欲的に取り組む姿がよくみられるという。

▲ユニットのリビングには光庭を設置し、日中は照明をつけなくても十分な明るさがある

理想の職場づくりに全職員が参加


 さらに愛華の郷では、一法人一施設だからこそできる、全職員が参加した理想の職場を実現するための組織づくりを進めている。
 「施設の使命である介護サービスを提供し続けるためには、職員が仕事に生きがいを感じ、報酬や待遇など適切な処遇を受けることが重要ですが、その一方で組織として機能し、利益を出し続けるためには施設の定める秩序・ルールが必要になります。『組織≒チーム』であることや、多様性をリスペクトする意識をもたせることで、職員同士が互いに協力し助けあう職場にすることを目指しています」(阿井施設長)。
 このような職場を実現するための仕掛けとして、「声かけ運動」(平成22年)や「いいとこ発見運動」(平成23年)を実施し、相手の立場を尊重し、互いに感謝の気持ちをもって仕事ができる職場環境づくりに取り組んでいる。
 平成25年には、地域のデザイン学科のある大学に依頼し、施設の理念や方針などのストーリー性を盛り込んだマスコットキャラクター「あいちゃん」を制作した。「組織論やチーム論をダイレクトに説明するだけではなかなか浸透しないため、遊び心を取り入れながらチームとして意識させていくことが大切」と阿井施設長は説明する。
 マスコットキャラクターを用いたさまざまなグッズを作成し、地域のイベントなどで配布することで、地域住民に親しみを感じてもらうことにもつながっているという。


▲あいちゃん ▲併設するデイサービスセンターでは、利用者自身が活動プログラムを選択し、意欲的にリハビリに取り組む

働くモチベーションを高める人事考課制度を整備


 そのほかにも、職員一人ひとりをしっかりと評価し、働くモチベーションを高める人事考課制度を導入している。
 人事考課では、「愛華の郷の職員として求められる人物像」に基づき、4つの階層に区分し、それぞれの役割・業務・行動能力を規定。年2回の賞与前に主任等が各職員を仮評価し、経営層との協議を経て評価を決定する仕組みとしている。
 評価項目は、介護技術の習熟度を評価する「担当業務・知識のスキル」と、挨拶や所作、協調性などを評価する「基本的能力・姿勢」(24項目)の2つに分け、5割ずつの配分で評価していく。
 介護技術の評価は、厚生労働省の「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」(実施主体:シルバーサービス振興会)を導入し、現在は3人の職員がアセッサー(評価者)の資格を取得して的確な評価を行っている。また、同施設では各部門の職員がコミュニケーションを図れるよう、職員1人あたりに年間9000円の懇親会費を支給しているが、懇親会の参加も「基本的能力・姿勢」の評価項目に含まれている。
 「これらの評価結果をもとに賞与と定期昇給額に反映させていくのですが、全体の評価とは別に『シフトに協力的』、『委員会活動に積極的』など、職員の頑張りや貢献度に応じて、賞与に加算していく仕組みにしています。評価内容は職員が疑念を生じないよう、面接で丁寧に説明していくとともに、どうすれば評価が高くなるのかをしっかりと伝えることを大切にしています」(阿井施設長)。
 さらに、同法人では職員に収益を還元するため、賞与のほかに皆勤手当という名目で全職員(パートを含む)を対象にした特別賞与を支給しており、意欲的に働いてもらうことにつなげている。
 そのほかにも、職員の働きやすい環境づくりとして、増築の際に施設内で最も日当たりと風通しのよい場所に職員専用のレストルーム(休憩室)を設置した。
 レストルームの設計はカフェをイメージし、職員同士が会話しながら食事するスペースと1人で過ごしたい人のためのカウンターを設け、職員から要望のあったドリンクバー(1杯10円)を設置したほか、地元産の炊きたての有機米を無料で提供しており、職員に好評だという。

▲特別養護老人ホーム愛華の郷

介護長 中邑 愛

 「レストルームでドリンクバーやご飯を提供する経費は毎月約10万円くらいなのですが、職員にとって居心地のよい場所になり、コミュニケーションを図ることにつながっているので、非常に安いものと考えています」と阿井施設長は説明する。
 これらの働きやすい職場環境をつくることで、介護人材の確保が全国的な課題であるなか、安定的に人材を確保することができ、離職率も低いという。
「結婚や出産などやむを得ない理由で退職した職員に対しても、夏祭りなど施設のイベントに参加してもらい、関係が途切れないようにしていることから、子育てを終えて戻ってきてくれる職員も多くいます」と中邑介護長は語る。

▲職員の働きやすい環境づくりのため、施設内の最もよい場所に職員用の休憩室を設置 ▲談話室のスペースには、地域住民が創作した絵画などの 作品を展示し、施設に来所してもらうことで交流する機会をつくっている

地域に向けたさまざまな取り組みを実践


 近年、社会福祉法人には地域貢献活動への取り組みが求められているなか、同法人は地域に向けたさまざまな活動を実践している。
 取り組みの一つとして、大型スーパーが社会貢献活動で実施している移動店舗を同施設で開催している。2tトラックで運んだ食品や衣料品、日用品などを施設内に陳列して販売するもので、入居者に買い物を楽しんでもらう機会を提供している。この移動店舗は年2回実施し、利用者だけでなく地域住民や近隣の介護事業者にも参加を呼びかけ、来場者に手作りのパンを振舞うことなども行い、毎回多くの参加があるという。
 さらに、平成28年度から新たな取り組みとして、「あいちゃんレスキュー隊」を立ち上げ、地域の生活困窮者の相談支援事業を開始した。生活困窮者の相談事業では、大阪府社会福祉協議会の「生活困窮者レスキュー事業」が全国的に知られているが、これを参考にエリアを限定して法人単体で実施している。
 支援の仕組みは、行政や地域包括支援センター、民生委員等から支援を必要とする人の連絡を受けると、同施設のケアマネジャーや相談員が自宅を訪問し、総合的な相談支援を行いながら、おおむね7日間以内に必要な制度や社会資源につなぐ流れとなっている。事業予算は年間50万円で、経済的援助が必要な生活困窮者に対しては、現金ではなく食品などを現物給付していく。
 具体的な支援事例では、身寄りのない独居高齢者の自宅が火災で全焼した際に、支援につながるまで施設で高齢者の身元を引き受け、行政にかけあうことで最終的に養護老人ホームの入所につなげた例もあった。


防災対策として広域的な連携体制を構築


 防災対策の取り組みでは、食料などを備蓄する資材倉庫を設けるとともに、広域的な連携体制を構築している。
 「静岡県は地震の多発地域で、南海トラフ地震の発生時には大きな被害が予測されています。福祉避難所の指定を受け、市内の施設間で防災協定を結んでいるものの、発生時はどの施設も被災しますので機能しない可能性が高く、広域的な連携体制をつくる必要があると考えています。そのため、当法人は南海トラフ地震の被害が想定されていない新潟県上越市の社会福祉法人と防災協定を結び、互いに被災したときに物資の受け渡しや被災者を受け入れることを合意しています」(阿井施設長)。
 現在は、藤枝市と上越市の2施設ずつと防災協定を結んでおり、それぞれの施設に出向き、炊き出しの訓練などを計画しているという。いずれは市全体の施設が協力していく体制づくりにも取り組みたいとしている。職員の働きやすい環境をつくるとともに、さまざまな地域貢献活動を実践する同法人の取り組みが今後も注目される。

柔軟性をもった後継者の育成が課題
社会福祉法人三愛会

特別養護老人ホーム愛華の郷
施設長 阿井 孝和氏
 当施設は、職員が仕事のやりがいをもてる、働きやすい職場環境づくりに取り組んできましたが、参加意識をもたせて施設に思い入れをもってもらうことがいちばん大切だと考えています。
 また、一法人一施設の運営においては、財源や規模等の制約がある一方で、法人と事業所が一体なため、スピーディーな意思決定と対応が可能であり、実際に施設をみて回れることで方針や指示が行き届いているかを検証できるというメリットがあります。2025年問題がありますが、藤枝市の場合は30年ごろにピークを迎えることが予測されており、時代の変化や3年ごとの介護報酬改定にあわせて経営戦略を考えていく必要があります。
 今後も施設運営を安定させていくためにも、柔軟性をもった経営能力の高い後継者を育成していくことが課題だと感じています。



<< 施設概要 >>
理事長 阿井 彰 施設長 阿井 孝和
職員数 103名(平成29年3月末) 施設開設 平成15年10月
入所定員 100人(ユニット型個室30人、従来型個室18人、多床室52人)
併設施設 ショートステイ(定員20人)/デイサービスセンター(定員50人)/居宅介護支援事業所/地域包括支援センター(藤枝市受託事業)
住所 〒426?0044 静岡県藤枝市大東町58番地
TEL 054-634-1131 FAX 054?634?1234
URL http://aikanosato.com/


■ この記事は月刊誌「WAM」平成29年5月号に掲載されたものを掲載しています。
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