生活困窮者自立支援関連情報
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▲ 「タダゼミ」の講義の様子。生徒の理解度に応じて講義形式や個別指導を行う。 | ▲ 学生ボランティアによる学習支援は、“数年後のなりたい自分の姿”を投影できる。 |
同事業は、経済事情などから学習塾や家庭教師などの有償学習支援を受けられない、高校受験対策に不安がある中学3年生を対象に、大学生ボランティア講師による高校受験の学習支援を無料で行う事業である。毎月2回、日曜日の13時〜17時に行い、登録生徒数は50人にのぼった。参加生徒の家庭状況は、ひとり親家庭の子どもの申し込みが多かったという。定期的に確保することが難しい会場は、社会貢献事業に熱心な企業に事業内容で賛同を得て、新宿区に50人以上が収容可能な会議室を無料で借りることができた。
「参加する子どもの学習レベルには差があり、非常に学力の低い子もいれば、それなりに学習習慣がある子もいるため、学力や学習意欲によりクラスを4つに分けました。学力の高いクラスでは少人数の講義形式の授業を行い、個別指導が必要な子どもたちには、ほぼマンツーマンに近い体制をとりました、参加生徒が40人の場合、学生ボランティアを20人近く動員するので、大人数が収容できる会議室を使用できたのは本当に助かりました」。
講義で使用する教材は、当初購入してもらうことを想定していたが、なかには購入が難しい家庭もあるため、学生ボランティアが、それぞれの生徒にあったオリジナルの教材を作成した。模試も同様に、過去問を使用して同じ時間配分で行うなど工夫して取り組んだ。子どもの支援は継続していくことが重要であり、生徒全員が続けて参加できる環境をつくるためである。
また、学習塾に比べ講義回数が少なく、高校入試に合格するという目的を果たすためには、学習習慣がない子どもに自宅で勉強する習慣を身につけさせることが重要となる。そのため、個別面談シートを作成し、1日のタイムスケジュール等を記入してもらい、毎回講義の際に面談して学習時間の作り方や受験のためにやらなければならないことを生徒と話しあい、明確にしていった。
通常は月2回の授業であるが、夏休み、冬休み期間には5日連続となる夏期集中講座や冬期講習も実施した。ほかにも受験時期が近づくと、講義時間を2時間延長した。また、自宅で学習するスペースがない子どものために自習形式の学習ルームの提供も行い、数人の学生ボランティアを配置したため、わからないところを教えてもらえるなど環境も整備した。
なお、講義時間が延長する際は長時間になるため、間食を持参することを許可していたが、家庭の事情により差がでてしまうため、途中から食品会社などから提供を受けた食品を生活困窮者に供給する活動を行っているNPO法人セカンドハーベスト・ジャパンの協力を得て、「タダゼミ」で間食や飲み物を提供し始めた。さらにそこから発展して、タダゼミ受験生応援キャンペーンとして、生徒の栄養補給を目的に、希望する家庭に3カ月間、レトルト食品などの個宅配送も行ったという。
「母子家庭の母親は遅くまで働いているため、子どもの食事の用意が常に頭から離れないそうです。食品を送ってもらえる期間は、心配せずに子どもとゆっくりできる時間をとれるので、大変喜んでいただけました。このように経済的な面だけでなく、親子の時間が確保できるという効果もあることは、実際にやってみて初めてわかることでした。教材や間食の提供にしても、格差を体験している子どもたちなので、せめて『タダゼミ』の場だけは平等にしてあげたいという気持ちからですが、安心して平等にいられる場をつくることは大事だと感じました」。
講義では、期待されることや褒められることを経験していない子どもたちが、ボランティアと接してわかるまで教えてもらえることや、できると褒められることが刺激となり急激に成長していく様子がみられたという。親からの反響では、子どもは帰ってくると生き生きとして、その日の話をするので親子の会話が増えた、今まで何も希望を持たなかった子どもが、大学生になる夢ができ、家で自主的に学習をするようになったとの声が寄せられたという。
「学習意欲を向上させることは難しいことですが、年齢の近い大学生とは共通の会話ができ、初めて身近に大学生と接することで、『自分も頑張れば大学に行けるのではないか』と可能性が広がる考え方が生まれることは、学生ボランティアによる学習支援のメリットだと考えています。また、学生にとっても、これから社会に出ていくなかで自分たちの育ってきた環境と違う社会を知るよい機会になっています」。
ただし、生徒たちは家庭の悩みを抱えていることが多く、そのような相談を学生にする際には、必ず法人スタッフに伝えることを徹底させている。また、生徒と学生ボランティアでは個人情報のやり取りをしないよう連絡の際には事務局を経由することにしている。理由として、寂しい環境にある子どもが、学生ボランティアに対して依存してしまうことを防ぐためである。なお、学生ボランティアは、同法人のさまざまな事業に関わっているが、平成22年度の「タダゼミ」に関わった人数は68人で、現在の登録者数は1000人を超える規模になっている。
事業の成果として、参加した50人の生徒のうち、都立高校28人、私立高校6人の合格者をだすことができた。これは子どもの選択肢を増やし、可能性を引き出すことにつながるといえるだろう。このような成果から、同事業は22年度福祉医療機構の助成事業で優れた事業に認定されている。
その後も事業は継続されており、現在、東京都では足立区と杉並区の2カ所で展開している。また、東日本大震災の被災地である宮城県仙台市と福島県会津若松市でも同様のプログラムが実施され、少しずつ多拠点展開も行っている。さらには、行政や団体から関心が寄せられ、全国で同様の事業が広まるなど波及効果もみせている。
「私どもだけで拠点を広げていくことは難しいのですが、おかげさまでこの事業が評判となり、生活困窮者の学習支援の重要性が認識されて、いろいろな場で学習支援が行われるようになってきたのは大変ありがたいと思っています」。
また、今年1月から、東北の未来を創る「グローバルストリームプロジェクト」を始動させている。震災による学習の遅れへの対応が求められ、学校教育の補習的なニーズが非常に高く、同法人は震災直後から支援を行ってきた。
「補習は大事ですが、支援しながら思ったのは『学校の補習だけをしていても東北の復興を支える人材は育たないのではないか』ということでした。東京に比べて東北の子どもたちは英語やパソコンを必要とする仕事が身近にないことからあまり必要性を感じず、英語やITの学習機会・学習意欲が乏しいところがあります。貧困の子どもたちも同様ですが、これからデジタルデバイド(情報格差)というのは非常に大きな課題になると感じており、このままでは英語やITを使いこなせない人材が育ってしまい、グローバル化する社会に出ていけなくなることに危機感をもっています。教育現場はいまだ大変な状況にあり、これ以上求めるのは厳しいですが、外部のNPOならできることがあるかもしれないと始めたのが、グローバルストリームプロジェクトです」。
▲ 「グローバルストリームプロジェクト」は、英語力、ITリテラシー、グローバルに対する意識の教育支援で、復興を支える人材を育成 |
「グローバルストリームプロジェクト」では、復興を支えるグローバルな人材を育成することをコンセプトに、@英語力、AITリテラシー、Bグローバル意識(自分も世界で活躍したいという気持ち)の3つの柱を軸に教育支援を進めている。
英語の学習では、立命館大学教授の鈴木佑治氏の協力のもと、「プロジェクト発信型英語プログラム」を導入している。同プログラムは、コミュニケーションを重視した発信型の英語教育の実現を目指したプログラムで、子どもから大学生に至るまで幅広く実践され、高い成果をあげている。ITに関する学習では、パソコンを1人1台支給し、ITのルールや安全な使い方を教える基礎講習を実施した。
▲ パソコンを支給し、安全な使い方の基礎講習を実施 |
「講習後も生徒は学生ボランティアとネットを通じて面談を行うなど継続してつながっています。e-ラーニングシステムがあるので、そこで簡単な英単語のテストなどを出して、パソコンを支給したきりではなく、毎日パソコンを開いて慣れてもらうようにしています。定期的に集合研修を実施すると、子どもたちは喜んで参加してくれます」。
また、平成25年(2013年)4月は「グローバルストリーム」の支援をしているバンクオブアメリカ・メリルリンチ社の協力を得て、世界を身近に感じ、世界で活躍する意欲を持ってもらえるような英語プログラムを2日間にわたり実施している。
「被災した子どもたちはみんな復興の役に立ちたいと考えています。しかし東北が復興するためには、ビジネスを復興させるとか、産業を興すことも必要となります。子どもたちの周りには起業などのモデルがなくリアリティをもてませんが、そういうところをみせることは大切だと感じています。2005年にアメリカのニューオリンズ市がハリケーンによる壊滅的な被害を受けましたが、若い世代に新しい産業を興すことの重要性を説いて、新しい産業が次々と生まれ、今ではアメリカで最も起業率が高く、人が集まる街になっているといいます。東北でも、若い世代に新しいことに挑戦するような力や機会を与えてあげることが大切なのではないでしょうか」。
今後の展開については、学生ボランティアによる学習支援について行政などからの問い合わせが増えており、蓄積されたノウハウを日本全国に広げていきたいとしている。また、「グローバルストリームプロジェクト」のように英語力やITなど、グローバル化する社会に対応できるような次世代を育成する必要性をあげる。ほかにもひとり親の支援として、忙しいために子育てをするうえで知っておくべき教育情報をもっていないケースに対し、学習支援とあわせて母親の勉強会などを実施していきたいとしている。
すべての子どもが夢や希望をもてる社会の実現を目指して、支援を続ける同法人の取り組みが、今後も注目される。
法人名 | 特定非営利活動法人 キッズドア | ||
住所 | 〒104-0033 東京都中央区新川2-1-11 八重洲第1パークビル7階 |
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電話番号 | 03-5244-9990 | FAX | 03-5244-9991 |
URL | http://www.kidsdoor.net/ | 法人設立 | 平成19年 |
理事長 | 渡辺 由美子 | 職員数 | 23人(平成28年6月現在) |
事業内容 | 日本の低所得家庭の子どもへの教科学習支援・グローバル教育支援・キャリア教育支援・体験活動支援/東北復興支援事業(教科学習・進学支援事業、政府・自治体との連携事業)/教育社会創造事業(ボランティア育成促進、子ども支援事業の運営サポート・コンサルティング)/情報発信事業(子ども向け情報ポータルサイト等) |