「共汗共育」を理念に農福連携を実践
本州最南端に位置する鹿児島県南大隅町は、温暖な気候と豊かな自然に囲まれた人口約6500人の町。令和2年10月現在の高齢化率は49.3%と県内でトップクラスに高く、過疎化と高齢化が進行した地域となっている。
鹿児島県南大隅町にある社会福祉法人白鳩会は、昭和47年の設立以来、障害者の自立した生活を総合的にサポートしてきた。法人施設は、南大隅町と鹿児島市において、入所施設では中重度の障害者を対象とした「おおすみの園」(入所支援、生活介護)と「花の木ファーム」(入所支援、就労継続支援A・B型)を運営。通所施設では就労継続支援B型事業所の「第2花の木ファーム」、「花の木デイズ」、生活介護や放課後等デイ、日中一時支援を行う「花の木カノン」のほか、複数のグループホーム(総定員数56人)、相談支援事業所を運営している。
同法人は、障害者の働く場として先駆的に農業に取り組んでおり、農福連携のパイオニアとして広く知られている。法人理念には、利用者と職員がともに汗を流し、ともに育つという「共汗共育(きょうかんきょういく)」を掲げ、障害のあるなしにかかわらず、社会のすべての人が互いを理解し、成長していくことを目指している。
農福連携の取り組みを開始した経緯について、理事長の中村隆一郎氏は次のように説明する。
「昭和48年に入所施設を開設後、利用者が生活訓練や作業訓練を通して社会に出てもらうことを目標に活動していましたが、社会的能力を高めることには限界があると感じたことから、自分たちで仕事をつくり、自立した生活をしていくために必要な収入を利用者自身で得ることを目指し、趣味園芸ではなく職業としての農業に挑戦していく方針を掲げました。当時は社会福祉法人が農地を取得することは農地法の規制もあり、難しい状況がありましたが、役場や農業委員会の理解者の方に知恵をいただき、昭和53年に農事組合法人根占生産組合を設立することにより、耕作放棄地の取得や農業に関する助成金などを活用しながら基盤整備を行ってきました」。
就労支援では、白鳩会と根占生産組合の間で請負契約を結び、利用者は施設外就労というかたちで働いている。
広大な農地のもと六次産業化に取り組む
現在、運営する「花の木農場」の農地面積は38.3ヘクタールにおよぶ。敷地内には就労継続支援A・B型を行う入所施設「花の木ファーム」や、B型事業所の「第2花の木ファーム」のほか、グループホームを整備しており、利用者は農業に取り組みながら生活をしている。さらに、開放型福祉農園としてレストランやカフェ、直売所などを運営し、多くの地域住民が訪れる交流拠点として交流人口にも寄与している。
生産活動では、地場産業である茶の栽培と養豚を柱に、米やトマト、ニンニク、タマネギ、ジャガイモなどを栽培。多品目栽培により年間を通して農作業を行うことが可能となっている。
生産活動の取り組みについて、「花の木ファーム」施設長補佐の横峯浩文氏は次のように説明する。
「生産活動では高品質のものづくりとともに、商品の付加価値をつけるため、六次産業化を行い、『花の木ファーム』の利用者が栽培した作物や飼育した豚から、『第2花の木ファーム』の利用者がハムやソーセージ、総菜などに加工し、栽培した茶の製茶も自社工場で行っています。養豚では、常時1000頭以上の白豚を飼育し、出産から解体、精肉、食肉加工まですべての作業に利用者が関わっています。現在、農場全体の作業種目は20種類以上あり、さらに工程を細分化していくことで、利用者一人ひとりのもつ特性や障害程度、加齢による体力の低下などにあわせた作業をつくり、利用者のもつ能力を最大限に発揮できる環境を提供しています。農業は市場出荷になると需要と供給のバランスで価格が変動しますが、収益が安定しなければ利用者に給与・工賃が支払えないため、多品目栽培を含めて、作業種目を増やしてきた経緯があります」。
多くの作業種目があることは、利用者同士の相性などでトラブルが起きた際にも、利用者の意向を聞きながら作業部署を変えたり、配置転換できることも強みとなっているという。
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▲ 38.3ヘクタールと広大な農地面積の「花の木農場」
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▲ 生産活動では地場産業の茶の栽培に取り組み、製茶も自社工場で行っている
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▲ 利用者は、豚や牛などの飼育から解体、精肉、加工食品の製造に至るまで、すべての作業に関わっている
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販路の拡大に取り組む
商品の販売では、農場の直売所をはじめ、南大隅町、鹿児島市、鹿屋市に直営のアンテナショップやレストランを運営しており、利用者は農作業にとどまらず、接客にも携わっている。さらに、販売では営業担当者がどの商品が高い価格で売れるのか市場調査を行いながら、県内の販売店を回り、販路の開拓に取り組むことにより、多くの販売店で商品が流通しているという。
主力商品の茶に関しては、農業生産工程管理の国際認証である「ASIAGAP」を取得し、国外輸出を目指している。国際認証の取得により、販路拡大だけではなく農場内の労働安全や労務管理を整備することにつながっているという。
高品質なものづくりと六次産業化の取り組みにより、「花の木農場」の年間売り上げ金額は、約4億円(根占生産組合を含む)に達するという。就労継続支援A型の平均給与額は約10万円(令和2年度の全国平均7万9625円)を超え、B型事業所の平均工賃は2万1159円(同1万5776円)と、全国平均を大幅に上回っている。
多様な人たちが活躍できる機会を提供
さらに、「花の木農場」では、知的障害者や精神障害者だけでなく、触法障害者をはじめ、後天性の難病患者やシングルマザー、外国人労働者など、生きづらさや働きづらさを抱える多様な人たちを積極的に受け入れ、農業を通じて活躍できる機会を提供すること取り組んでいる。また、地域とのつながりとして、利用者は農繁期に近隣農家から依頼を受けて農作業を手伝うことや、地域の高齢者世帯の清掃ボランティア、農道・農水の維持管理活動などに参加しており、高齢化が進行した南大隅町において障害者が地域の担い手となっている。
「花の木農場」は、実践する農福連携の取り組みとともに、多様な人たちが農業に従事していることや、地域のサテライトとなっていることなどが評価され、令和2年度の「ノウフク・アワード2020」でグランプリを受賞している。
「レストランやカフェを運営するほか、さまざまなイベント等を開催して『花の木農場』に足を運んでもらう取り組みは今後も継続していきたいと思います。その一方で、利用者や職員が地域に出向き、活動や交流していく拠点を増やしていくことが重要だと感じています。例えば、地域の高齢者の余暇活動として職員のスキルを活かしたり、地域の空き地を整備して畑をつくり、作物を栽培しながら交流を図ることを考えています」(中村理事長)。
これまで花の木農場は、職業としての農業に福祉施設と連携して挑戦し、施設の利用者に高い給与・工賃を支払うことを目指し、農地を拡大しながら栽培から加工、販売まで自法人で実施する六次産業化に取り組んできた。しかし、近年は利用者や職員の減少・高齢化が進むなかで、生産能力の維持が困難になっていることから、今後は外部とつながりを強化して、同法人の商品の素材や働き方を価値として生かしていくことが重要だとしている。
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▲ 農場内にある「第2花の木ファーム」で、ハムやソーセージなどの加工食品の製造に取り組んでいる利用者
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▲ 運営するカフェは多くの住民が訪れる地域の交流拠点となっている
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▲ 自家養豚場で飼育した良質な豚肉を丁寧に加工したハムやソーセージは、「花の木農場」の人気商品
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▲ 敷地内にはグループホームを整備し、利用者は農業に取り組みながら生活をしている
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▲ 左から「白鳩会障がい者相談支援センター」管理者の立神誠氏、「花の木ファーム」施設長補佐の横峯浩文氏
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多様な主体が参加するコンソーシアムを設立
地域との連携では、令和3年に自治体や農業関係の企業、関係団体、ひきこもりの支援団体などの多様な主体が集まる「大隅半島コンソーシアム」を設立し、関係者と情報共有を図りながら、新たなマッチングを模索することを目的とした。
初年度は、ノウフクJASの研修会や先進事例の視察を実施しており、今後は人材育成研修や大隅半島の農福連携で生産された商品のブランディング強化、各事業所のメンバーがともに働くための「共同農場」の設立を計画しているという。
「今年度、トライアルで実施した取り組みとして、大隅半島はジャガイモの栽培が盛んで、大手製菓メーカーと契約する農業会社がありますが、規格外の小芋は廃棄対象となっていることに着目し、規格外のジャガイモを農福連携を行う作業所の利用者が選別し、コンソーシアムの企業が買い上げて、大隅半島の飲食店や学校給食などに販売するプロジェクトを実施し、すべて販売することができました。今後は同様に農福のフィルターを通すことで価値に転じることのできる仕事を模索していきたいと思います」(中村理事長)
ノウハウを提供し、ネットワークをつくる
今後の展望としては、さらに地域や関係者とのつながりを強化し、同法人が長年にわたり試行錯誤してきた農福連携のノウハウを協働してくれる関係者と共有していくことをあげる。
「触法障害者の受け入れに関しても、法務省と連携して『触法障害者の立ち直り応援支援』という活動を進めており、今後はウエイトを増やしていく予定です。ただ、単独で受け入れていくことは限界がありますし、他施設でも利用者の高齢化や確保が大きな課題となっていると思うので、ノウハウを共有しながら触法障害者の支援に一緒に取り組んでくれる仲間とネットワークを構築し、利用者支援に活かしていきたいと考えています」(中村理事長)。
農福連携のパイオニアとして、障害者とともに多様な人たちが農業を通じて活躍できる環境づくりを行う同法人の今後の取り組みが注目される。
同じ方向性をもつ外部団体と価値を共有社会福祉法人白鳩会
理事長 中村 隆一郎氏
近年は、福祉にとどまらず、地域のさまざまな主体から、「一緒に協働できることはないか」と声をかけてもらう機会が法人全体で増えています。これは私のなかでは重要な視点で、今後は外部で同じ方向性をもつ人たちと価値を共有しながら、さまざまなプロジェクトに取り組んでいきたいと考えています。
そこに利用者もいることによって、プロジェクトの価値が増すというか、クラウドファンディングで
もいかに福祉とパートナーシップを組むかが模索されているところがありますので、そこに「花の木農場」の存在価値をもっていくことができればと考えています。
<< 施設概要 >>
令和4年8月現在
理事長 |
中村 隆一郎 |
法人設立 |
昭和47年 |
職員数 |
140人 |
法人施設 |
入所施設「おおすみの園」(入所支援、生活介護)、「花の木ファーム」(入所支援、就労継続支援A・B型)/通所施設「第2 花の木ファーム」(就労移行支援、就労継続支援B型、生活介護)、「花の木デイズ」(就労継続支援B型)、「花の木カノン」(生活介護、放課後等デイサービス、日中一時支援)/共同生活援助「グループホームおおすみ」、「グループホーム鴨池」、「ケアホームねじめ」、「ケアホーム花の木」/「障がい者相談支援センター」 |
関連法人 |
農事組合法人根占生産組合 |
住所 |
〒893-2501 鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北2105 |
TEL |
0994−27−4737 |
FAX |
0994−27−4744 |
URL |
https://hananokifarm.jp |
■ この記事は月刊誌「WAM」2022年9月号に掲載されたものを一部改変して掲載しています。
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