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— 北海道勇払郡安平町・医療法人社団並木会 渡邉医院 —

過疎地域の医療を守る診療所

福祉医療機構では、地域の福祉医療基盤の整備を支援するため、有利な条件での融資を行っています。今回は、その融資制度を利用された北海道勇払郡安平町にある渡邉医院を取りあげます。同院は、高齢過疎化や医療資源が乏しい地域のなか、専門領域にとらわれない総合診療と予防医療を実践しています。その取り組みについて取材しました。

▲ 施設の外観

地域住民に寄り添う医療を提供


 北海道勇払郡安平町にある医療法人社団並木会渡邉医院は、「医療を中心に、地域の活性化と北海道の発展を志す」という経営方針のもと、地域住民に寄り添う医療を提供しながら、安心して暮らせるまちづくりに取り組んできた。
 同院が立地する安平町は、新千歳空港から車で20分ほどの場所に位置し、人口7,340人、高齢化率36.9%(令和2年現在)と、人口減少と高齢化が進行した地域。追分地区、早来地区、遠浅地区、安平地区の4つの地区に分かれ、医療機関があるのは、追分地区に診療所1カ所と、早来地区の渡邉医院のみとなっている。病床を有する最寄りの医療機関は、隣接する苫小牧市の病院となり車で40〜50分ほどの距離がある。
 同院は、高齢過疎化が進み、医療資源が乏しい地域のなかで、「赤ちゃんからお年寄りまで、専門領域にとらわれないワンストップの総合診療」を実践している。
 理事長・院長の渡邉覚文氏は、防衛医科大学校を卒業後、医師免許を取得して陸上自衛隊医官として防衛医大、自衛隊中央病院に勤務。その後、イラク復興支援群の参加、新東京病院の勤務を経て、平成20年4月に北海道のえりも町国民健康保険診療所でへき地医療に従事。平成27年9月に安平町にあった診療所を継承し、渡邉医院を開院して現在に至っている。
 へき地医療に従事した経緯について、渡邉院長は次のように語る。
 「私は埼玉県の出身で、外科の専門医をしていましたが、研修後の勤務先が帯広市の病院で地域住民に大変親切にしていただいた経験がありました。もともと、へき地医療に興味があり、いつか恩返しをしたいと思っていたところ、えりも町の診療所で医師を募集していること知り、外科担当として勤務しました。えりも町は、周囲に病院がなく、専門診療科にとらわれず、すべての患者さんを受け入れるという経験を積み重ね、診療とともに予防医療に取り組むことにより、症状の軽減や患者の減少につなげることができました。これまで取り組んできたことの集大成として、医療資源が乏しい安平町で実践してみたいという思いがありました」(以下、「 」内は渡邉院長の説明)。


専門領域にとらわれないワンストップの総合診療を実践


 診療体制は、常勤医師の渡邉院長のほか、非常勤医師2人で診療を行っている。そのほか看護師5人と臨床検査技師を配置している。
 「看護師は、経験豊富でそれぞれに得意なことをもっています。グラフィックレコーディングという資格をもつ看護師は、例えば、私が患者さんに病状や治療、服薬の説明をしたときに、その場でイラストと文字で説明内容をわかりやすく紙に書いて渡してくれています。高齢の患者さんは耳が聞こえにくかったり、口頭で伝えても忘れてしまう人も多いので、非常に助かっています」。
 診療では、医療機関の機能分化・役割分担、診療科の細分化が進むなか、専門領域にとらわれずワンストップで済むよう、CTや超音波診断装置、レントゲン検査装置、骨密度測定装置などの多様な検査機器を取り揃え、さまざまな分野の最新情報を取り入れながら診療を行い、訪問診療や看取りにも対応している。


 ▲▼ 令和5年4月に新築移転した渡邉医院の待合室と診療室  ▲▼ 新たに導入したCTをはじめ、骨密度測定装置、超音波診断装置など、充実した検査機器を取り揃える

「攻めの予防医療」を推進


 そのなかでも、「攻めの予防医療」と称して積極的に予防医療を推進することにより、患者が地域のなかで健康に暮らし続けられることをサポートしている。
 「高齢者の転倒骨折や高血圧・脂質異常症などの予防として、治療とともに筋力を落とさない体操などの指導に取り組んでいます。成人については、がんの早期発見・早期治療を心がけ、内視鏡や超音波検査を積極的に行っています。いま力を入れている頸動脈エコー検査では、動脈硬化の有無や血管の状態を映像で確認することができます。脂質異常症の患者さんに対し、数値で説明してもあまり実感がありませんが、血管が詰まった状態を映像で確認してもらうことで治療や予防医療にも意欲的に取り組んでいただけるようになります。病気を発症してから治療を行うのではなく、将来的に起こり得ることを予測し、発症する前に防ぐことが当院の地域での大きな役割となっています。がんを発症して手術ができる病院につなぐ場合も、検査や診断で時間がかからないように、当院ですべてを済ませて最短で手術を受けられるようにしています」。
 入院や専門医療が必要な場合は、患者に最も適切と思われる医療機関に患者の要望を聞きながら紹介をしている。
 円滑な医療連携に向けた取り組みとしては、連携先の急性期病院等に出向き、顔のみえる関係を構築するとともに、患者の紹介や互いの得意分野などについて確認している。地域の医療機関が集まる勉強会にも積極的に参加して関係づくりに取り組んでいるという。
 へき地医療について、渡邉院長は「やりがいがあるとともに、地域医療に貢献できることは医師として大きな喜びがある」と話す。さらに、診療後には患者の状態が必ずフィードバックされるため、医療上の問題点を明らかにし、有効な予防医療をブラッシュアップすることができ、医師のスキルが高まることが最大のメリットだとしている。


▲ 処置室には疲労回復に効果のある酸素ルームやマッサージ機能を備えるウォーターベッドなどを導入

渡邉医院を取り巻く環境の変化


 同院を取り巻く環境の変化としては、平成30年9月に発生した北海道胆振東部地震に被災し、建物が半壊する被害を受けた。安平町は震度6度強を観測し、電気・ガス・水道などのライフラインが止まるなか、同院は医療提供を休止することなく、多くの患者を受け入れた。
 「地震が発生したのは深夜3時過ぎで、私は医院に泊まっていましたが、すぐに患者さんが救急搬送されてきたため、救急車の車内で縫合などの処置をしました。ライフラインが止まるなか、水については貯水タンクがあり、トイレは使えないものの、洗浄には使用することができました。また、安平町は陸上自衛隊の駐屯地があり、知り合いに自家発電機を借りることができ、朝方には電源を確保し電子カルテも使えるようになりました。被災後、怪我などで多くの患者が殺到するなか、職員もすぐに駆けつけてくれたため、休止することなく、医療を提供することができました。私は自衛隊病院で前線医療の経験がありましたが、スタッフは大変だったと思います」。
 さらに、令和2年6月には、早来地区にもう1カ所あった診療所が閉院し、早来地区は1院体制となり、同院に患者が集中する事態となった。これにより、1カ月当たりの来院患者数は1,196人から1,840人(令和2年11月)と1.5倍に増加。ピーク時の1日の患者数は129人、待ち時間は最大250分となり、地域住民にとっても負担や不安が増加することとなった。


新築移転を行い、診療機能を強化


 このような状況を受け、同院を必要とするすべての患者を受け入れるために、医療提供体制の強化とともに、震災による建物のダメージや老朽化の解消を目的に、移転新築を行った。
 「そのほかにも、移転新築を決断した理由として、安平町長から直々に地域医療の継承を懇願されたことや、コロナ禍における感染症対応などの施設環境の整備が必要なタイミングでもありました。
 また、50年先を見据え、将来的には2〜3人の常勤医師を確保して地域医療を支えていきたいという思いがあり、ハード面をしっかり整備しなければ、次の世代を担う医療従事者を確保することは難しいと考えました」。
 移転新築にあたっては、建築費はWAMの「平成30年北海道胆振東部地震にかかる災害復旧資金」を活用するとともに、行政からも過疎地域の医療を守るために最大限のバックアップを受けることができたという(安平町医療従事者支援金:毎年210万円、安平町医療提供体制維持補助金:毎年2,000万円交付)。
 令和5年4月に開院した新医院は、鉄筋コンクリート造の2階建てで、自然災害に強く、地域住民が気軽に足を運びやすい心地のよいデザイン設計とした。
 医療機能の強化では、医師は2人体制として診療室4室を設置し、診療機能の充実を図るとともに、スタッフの動線を効率的にする工夫をした。さらに、感染症患者に対応する隔離された個別診療エリアを設けたほか、新たに高性能なCTを導入し、異常個所の的確な診断と早期発見につなげている。
 また、2階には、へき地医療に興味のある医師を受け入れ、後継者や担い手を育成するための研修室をはじめ、スタッフルーム、宿泊室を設けた。
 へき地で総合診療を学ぶことは、地域医療を志す医師にとどまらず、都市部で働く医師にとっても、その経験は必ず活かすことができ、医師としてレベルが上がるため、積極的に受け入れていきたいとしている。  


 ▲ 一般外来(左)と発熱外来(右)の入口。発熱外来では、感染症患者に対応する隔離された個別診療エリアを設けた ▲ 職員の福利厚生で整備した保養施設。地域住民にも活用してもらうことを想定している

地域医療のさらなる充実を目指して


 今後の展望としては、地域医療を担う人材を育成するとともに、地域の活性化に取り組んでいきたいとしている。
 「地域を活性化させていくためには、やはり医療がしっかりしていなければ実現できません。安平町の医療をしっかりと支えるとともに、地域住民の医療の砦となるために人材を育成する教育機関としての役割も果たしていきたいと考えています。また、長期的な目標としては、医療資源の乏しい安平町からえりも町方面にかかる日高地方に地域医療ネットワークをつくりたいという思いがあります。その一環として、令和5年6月に沙流郡日高町に『日高富川ファミリークリニック』を開院しました。数年前に閉院した診療所の土地と建物を取得したものの、医師の担い手がいませんでしたが、海上自衛隊で総合診療の経験のある先輩医師に熱意をもって何度も勧誘し続け、着任してもらうことができました」。
 さらに、北海道に限らず、全国各地でへき地医療を担う医師とへき地間医療ネットワークを構築し、互いに支えあえるシステムをつくり、地域医療を充実させることを目指していきたいとしている。
 医療資源が乏しい地域のなかで、ワンストップの総合診療や予防医療の実践により、地域住民の生活を支える同院の取り組みが今後も注目される。  


地域に溶け込みながら、患者に伴走し続ける
医療法人社団並木会 渡邉医院
理事長・院長 渡邉 覚文氏
 へき地医療では、患者さんを自分の家族だと思って真剣に取り組み、ブラッシュアップを繰り返しながら改善策を考えていくことが大切です。
 その一方で、燃え尽きたり、疲弊して辞めてしまうことは地域にとって大きなダメージになるので、しっかりとオンとオフをつくり、地域に溶け込みながら楽しむという視点をもち、患者さんに伴走し続けることが重要だと思っています。
 安平町に限らず、交通が不便な地域で医師を確保することは容易ではなく、北海道では札幌市に集中してしまう傾向がありますが、地域医療を支えてくれる人たちにやりがいと働きやすい環境を提供するとともに、一緒に来る家族にも来てよかったと思える環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。



<< 施設概要 >>
理事長・院長 渡邉 覚文 開院 平成27年9月
法人施設 渡邉医院、日高富川ファミリークリニック
住所 〒059-1501北海道勇払郡安平町早来大町116−4
TEL 0145−22−2250 FAX 0145−22−3198
URL https://namikikai.net/


■ この記事は月刊誌「WAM」2023年9月号に掲載されたものを一部変更して掲載しています。
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