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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

 今回から、福祉実務に有益な情報を提供することをねらいとして、介護事故をはじめとする福祉・介護サービス提供に関わる裁判例を題材とし、連載を開始することになった。
 初回は、介護老人保健施設での刺身の誤嚥による死亡事故(水戸地裁平成23年6月16日判決。判例時報2122号109)である。

第1回:常食の提供とケアプラン 〜誤嚥による死亡事故と賠償責任@〜


事案の概要


 パーキンソン症候群、多発性脳血栓のほか、認知症の診断を受けていたA(本件事故当時86歳、男性)は、平成15年8月25日、医療法人Yとの間で施設介護サービス利用契約を締結し、Yが経営する介護老人保健施設Bへ入所した。Aは、平成16年11月3日、Bから昼食として提供された刺身を誤嚥して窒息し、心肺停止状態となり、隣接するY経営の病院で蘇生治療を受けたものの、意識が回復しないまま平成17年3月17日心不全により死亡した。Aの遺族であるXら3名からYに対し、損害賠償を求めたのが本件である。


判決


@「Yとしては、介護契約上、介護サービスの提供を受けるAの心身の状態を的確に把握し、誤嚥等の事故を防止する安全配慮義務を負ったというべきである。」

A「B入所時から本件事故日までAの嚥下状態は良好とは到底評価し難い状態であったもので、その間Aには誤嚥の危険性があったと認められる。そして、介護老人保健施設という専門機関で、継続的にAの介護にあたっていたC医師を含むBの職員はこれを認識していたか又は少なくとも容易に認識できたと認められる。」

B「本件事故日にAに提供されたまぐろ及びはまちの刺身の大きさは概ね縦25ミリメートル、横40ミリメートル、厚さ5ミリメートル程度のものであり、健常人が食べるのとそれほど異ならない大きさであるが、Bは嚥下しやすくするための工夫を特段講じたとは本件証拠上認められない。刺身、特にまぐろは筋がある場合には咀嚼しづらく噛み切れないこともあるため、嚥下能力が劣る高齢の入所者に提供するのに適した食物とはいい難く、Bの職員は、上記認定のAの嚥下機能の低下、誤嚥の危険性に照らせば、Aに対しそのような刺身を提供すれば、誤嚥する危険性が高いことを十分予想し得たと認められる。
以上のことなどから、BがAに対し刺身を常食で提供したことについて、介護契約上の安全配慮義務違反、過失が認められる。」

C裁判所は以上のように判示し、Xら3名に対する各734万円余の賠償をYに命じた(本件は控訴)。


【解説】

1 はじめに


介護施設での事故のうち、食事中の誤嚥事故は死亡という重大な結果と直結するだけに、転倒・骨折と並んで裁判例の数が多い。
 多くの介護事故のケースで裁判所は、施設・事業者が介護契約上負わされている安全配慮義務を怠ったかどうかを問題とし、この義務違反があれば「過失」を認め、損害賠償請求を認容するという判断プロセスをたどってきた。本件でも安全配慮義務違反の有無が問われ、この点が肯定されている。

2 過去の誤嚥事故ケース


 本件は、嚥下機能が低下した認知症の高齢者に、刺身を常食で提供したことの適切さが問われた事案である。
 過去にも、こんにゃく・はんぺんなど一般に誤嚥の危険性があるといわれる食材の選択の適切さが問われた事案がある。ただし、こうした食材を選択し食事に供すること自体、直ちに過失ありとの評価に結びつくわけではない。
 もっとも、誤嚥リスクを伴う食材を選択し、食事に供した以上、介護者側には誤嚥を生じさせないよう注意を払う必要が生じ、食事介助の際、口のなかの確認および嚥下動作の確認をするなどの行為が求められる。こうした注意を怠った点に過失を認めた裁判例が存在する(名古屋地裁平成16年7月30日判決)。
 介護職員が注意深く確認しても、固形物を喉に詰まらせてむせたりする通常の誤嚥(顕性誤嚥)と異なり、食道に固形物が送り込まれた後、食道括約筋の閉鎖が不完全であると食物が咽頭に逆流して起こる「むせない」誤嚥(不顕性誤嚥)もある。この場合、誤嚥の可能性を職員が認識することは不可能であったとし、過失が否定された例がある(神戸地裁平成16年4月15日判決)。いずれの誤嚥であるかが、過失の有無を左右する決定的要素となる可能性がある。
 誤嚥事故発生に至るまでの事情として、食事の際の監視体制および監視状況の不備が問われることもある。約40人の入所者の食事を介護職員3人が担当していた事案につき、監視体制等に不備はないとしたケースがある(横浜地裁平成12年6月13日判決)。
 ただし、介護保険法に基づく人員・配置基準を充たしたからといって、直ちにサービス提供者側の過失が否定されるわけではない。この点は、個々の事案ごとに判断される。
 施設における職員の教育・指導義務が問われた事案もある。むせ込み状態が続いたため副食をミキサー食に切り替えた数日後に生じた誤嚥事故について、厚生労働省検討会「福祉サービスにおける危機管理(リスクマネジメント)に関する取り組み指針」(2002年)に基づき、@覚醒をきちんと確認しているか、A頸部を前屈させているか、B手、口腔内を清潔にすることを行っているか、C一口ずつ嚥下を確かめているかなどの点を確認するよう、職員を教育、指導すべき義務があったのに、これを怠ったとした裁判例がある(松山地裁平成20年2月18日判決)。

3 ケアプランの重要性


 過去の誤嚥事故ケースと本件が異なるのは、食事介助中の介護職員の介助方法などの過失が問われたのではなく、「刺身を常食で提供したこと」それ自体に過失が認められた点である。先にみたように、誤嚥リスクのある食材の選択がただちに過失ありとの評価に結びつかないにもかかわらず、本件で施設側の過失が認められた真の原因は何であろうか。
 本件では、Aが刺身とうなぎについて常食で提供してほしいと希望したこと等の話を聞いたC医師が、入所約2カ月後の平成15年10月21日、寿司・刺身・うな重・ねぎとろの4品目を常食で提供することを決定し(本件決定)、その後、35回にわたりこれらの品目が常食で提供された(Aの※長谷川式簡易知能評価スケールは、平成15年9月14日頃11点、同年12月15日頃18点であった)。
 問題は、本件決定の際、サービス担当者会議、ケアプランの見直し等に諮るなどしていない点にある。さらに、入所者に対する食事の提供方法を変更する場合には、Bの受付相談員(ソーシャルワーカー職であろう)に意見を求めることが通常であったのに、本件決定に際し、医師は意見を求めることもなかった。このこともあり、入所時から平成16年6月まで、ケアプランの援助内容欄のサービス内容には一貫して、食事はペースト食を提供する旨が記載されていた(同年9月のケアプランには明記されていない)。
 したがって、ケアプランの見直しの都度、Aの息子の妻(嫁)が署名していたものの、嫁は本件事故に至るまでAに対し上記4品目が常食で提供されていることを知らなかったと認定されている。
 本人の同意を得ており、好物だからといって、基本的にペースト食の入所者に対し、誤嚥リスクのある食材の提供が許容されるわけではない。単に切り身の大きさを工夫すればよかったということでもない。適切なリスクマネジメントとは、利用者への適切なケアマネジメントを行うことである。このことは、実質的に意味のあるケアプランを全職員のケアの共通基盤として作成し、適時適切に見直すこと、そして家族との情報共有の基盤とすることにほかならない。
 ケアプランの形骸化が、職員間でのケア方針の共有化を阻み、家族との情報の断絶(=施設との信頼関係の崩壊)を生む。そうした点に法的な責任を問われても、仕方ないといわざるを得ないだろう。

※・・・被験者への口頭による質問により、短期記憶や見当識(時・場所・時間の感覚等)、記名力等を比較的容易に点数化できる評価手法。30点満点で20点以下のとき、認知症の可能性が高いと判断される。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年4月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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