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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

 今回は、これまで2回にわたって取り上げてきた施設での事故と異なり、在宅での誤嚥事故の事案を検討する。障害者の事故という点に事案としての特徴がある。

第3回:在宅サービス利用者の誤嚥事故 〜誤嚥による死亡事故と賠償責任B〜


事案の概要


 本件は、中枢神経障害による体幹神経障害により、常時、身体・生活介助を必要としていた15歳の障害者Aが食事介護中の誤嚥により窒息死した事案につき、Aの両親X1・X2が、ホームヘルパーY1、事業主である有限会社Y2、代表取締役であるY3(看護師)に対し、損害賠償を求めた事案である(有限会社法は現在では廃止されている。本件では代表取締役Y3の賠償責任も問われ、否定されているが、本稿では触れない)。
 Xらは、Y2との間で、Aへの居宅介護サービス(食事・入浴介助)の提供に係る契約を締結しており、本件事故当日も、ホームヘルパー2級とガイドヘルパーの資格をもつY1が食事介助を行っていた。
 午後7時25分頃、突然Aが上半身を前後に大きく揺らし、顔色が悪くなっていたことから、Y1は、背中を2、3回叩いて声をかけたものの反応がなかった。そこでY1は、別の部屋にいた祖父母にその旨を伝えたところ、祖母はてんかんの発作であると判断し、Aに座薬を投与した。しかしAに変化がなく、三男の通う中学校にいたX2(Aの母)の携帯電話にもつながらなかったので、Y1は祖父とともに車で、中学校までX2を呼びに行った。
 午後7時40分頃Y1と共に戻ってきたX2は、119番通報後、救命措置をしようとして、Aの口を開けたところ、ロールキャベツのかんぴょうが詰まっているのが見えたことから、吸引機でAの口からかんぴょうを取り除いた。この頃Y1は、Y2に電話連絡をし、Y3に対し、Aの顔色が悪いこと、チアノーゼ症状が起きていることを説明したところ、Y3は、誤嚥の可能性があると判断し、吸引と人工呼吸、心臓マッサージをするよう指示したため、救急隊が到着するまで、人工呼吸と心臓マッサージをX2とY1が交代しながら継続した。救急車で搬送された後、翌日Aは死亡した。


判決                        【請求一部認容】


@「Y2においては、本件契約上の債務として、被介助者であるAの生命身体等に対する危険を予防すべき債務を負っているというべきであるし、ホームヘルパーであるY1も同様の注意義務を負っている」。「かかる注意義務違反の有無については、Y1がAの異変に気づいた際に、どの程度のことを認識すべきであったか、Y1が認識すべき状況において、Aの誤嚥による窒息死を防ぐことが可能であったか否かによって判断すべきである。」

A「Y1は訪問介護員2級課程を修了しているホームヘルパーではあるが、ホームヘルパーの養成における医学知識の受講時間に照らしても、医師はもちろん看護師と同程度の注意義務を認めることができず、本件においてY1 はAが誤嚥に陥っていることに直ちに気づくべきであったとまでは認め難い。」「もっとも、・・・Y1は、異常事態の原因を自ら判断できなかったとしても、少なくともY2ないしY3に対して連絡する程度の異常事態であったとの認識は持つべきであったと認められる。」

B「誤嚥の場合の対処法として、掃除機を使用する、指交差法による開口と指拭法、背部叩打法、ハイムリック法、側胸下部圧迫法などによる異物の除去を行うことが可能であった」ことなどからすると、「Y1が異常事態を認識して、早期にY2ないしY3に連絡を取れば、十分にAの誤嚥による窒息死を防ぐことが可能であったものと認められる。」

C以上により、Y1・Y2に対する損害賠償請求を認容し、死亡損害として1,800万円の慰謝料のほか、X1・X2に各300万円の慰謝料が認められた(ただし、祖母がてんかん発作であると判断した点に2割の過失相殺を認めた)。
(名古屋地裁一宮支部平成20年9月24日判決・判例時報2035号104頁)


【解説】

1 予見可能性と結果回避可能性


 判旨@では、損害賠償責任の成立要件の一つである過失を、注意義務違反の有無という観点から判断している。一般に裁判例は、注意義務違反を予見可能性(誤嚥を予見できたか)と結果回避可能性(死亡という結果を回避できたか)の両面から判断する。判旨@の後段部分がこれに相当する。
 判旨Aでは、これらの判断につき、Y1の資格(ホームヘルパー2級)取得の際に基準となる医学知識を前提とし、看護職に求められるほどの高度の注意義務は要求されないことを明らかにする。その際、Y1がこれまでムセを生じない誤嚥に接したことがないこと、Aの発作に接したことがないことも勘案されている。本判決の論理からすれば、仮に介護者が介護福祉士の有資格者であった場合、注意義務の水準が高められる(誤嚥自体を予見する義務があったとされる)可能性がある。
 本件では、Aが誤嚥に陥っていることを予見すべき義務は認めなかったものの、Y1にはY2ないしY3に連絡する程度の異常事態であるとの予見可能性を認めた。加えて、判旨Bでは窒息死を回避する可能性もあったとされている。その際、誤嚥の対処法として、掃除機の使用、指交差法による開口と指拭法、背部叩打法、ハイムリック法、側胸下部圧迫法を具体的に例示している点が参考になる。本件でY3から指示のあった人工呼吸、心臓マッサージなどとともに、介護福祉士の有資格者でなくとも、介護職員が身につけておくべき対処法と一応言えるのではなかろうか。
 本判決では、介護職員の訪問先で、第一次的には同居の親族が緊急対応にあたったにもかかわらず、介護職員の過失が認められた。このことは、介護職員が単独で業務に従事せざるを得ない在宅介護の場面での緊急事態発生時において、職員と事業者との連絡体制が損害賠償請求の成否を判断するにあたり重要な意味を持ち得ることを示唆している。

2 個人責任と経営者責任


 本件では、Y1とY2の損害賠償責任が認められた。ただし、Y1とY2の雇用関係を前提とした場合、被害者側に賠償した使用者(Y2)から事故に関わった被用者(Y1)への賠償額の請求(求償権の行使)は、判例法理によって制約を受ける。
 すなわち最高裁第1小法廷昭和51年7月8日判決は、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができる」と判示する。職員自身の資質に重大な問題がある場合や、故意による事故であれば別として、介護という業務自体に危険が内在している「事業の性格」、専門性が看護職ほど高くない「被用者の業務の内容」、リスクの高さに比して十分とは言えない「労働条件」などに鑑みると、職員に賠償金の負担を安易に転嫁してはならないとみるべきであろう。
 そもそも使用者が職員に責任を転嫁する姿勢は、業務の萎縮を招き、ひいてはケアの質の低下につながることを認識すべきである。

3 損害について


 本件では、同居の親族である祖母がてんかん発作であると判断したことが、Y1がAの誤嚥を認識できなかった事情としてあげられ、この点を斟酌(しんしゃく)して裁判所は、賠償額を2割減じた(過失相殺)。別の言い方をすれば、在宅で親族が自ら対処した事案であるにもかかわらず、2割の過失相殺しかなされなかったということでもある。
 本件は、障害者が死亡した場合における損害とは何かにつき、重要な問題を提起している。この点は改めて紹介する機会をもちたい。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成24年6月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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