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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第15回:転倒事故と賠償責任


事案の概要


 X(男性。本件当時84 歳)の介護支援専門員B は、週1 回の通所介護、月1 回の定期受診に加え、介護者を休ませるために、Y(株式会社)の運営する施設(本件施設)での短期入所生活介護を受けるとの内容の居宅介護サービス計画を立てた。X は、平成21 年7 月7 日、Y との間で短期入所生活介護に関する契約(本件介護契約)を締結した。X は要介護2 で、同年11 月11日付けの認定により同年12 月1 日から要介護3 になることが決まっていた。
 X は、本件介護契約に基づき、同年7 月28 日から30 日に本件施設に入所した後、同年11月17 日から再び本件施設に入所した。X は入所当初から個室に在室したが、徘徊行動を繰り返したため、Y の職員は、見守りを実施するとともに、ベッドに離床センサーを設置し、X が離床する都度対応した。Y は、同月20 日、X を翌日に個室から多床室に移動することを予定していたが、X の歩行状態に照らして危険性があると判断し、B に対し、X の退所について相談し、就寝介助時および起床介助時は利用者対応によりX に見守りをつけることができない時間帯ができてしまい、転倒のリスクが上がってしまうと報告した。
 X は、同月21 日午後8 時50 分頃、引き続き個室で入眠したものの、同日午後10 時頃から翌22 日午前2 時30 分頃にかけて、5 回にわたり目を覚まして、下着を脱ぎ、離床して徘徊するなどしてセンサーを反応させた。Y の職員1 名または2 名が、センサーが反応する都度、X の居室に行き、X を誘導してベッドやソファに臥床させた。Y の職員は、同日午前4 時に巡回したところ、X が下着を脱いで失禁し、衣類交換に抵抗するなどしたが、最終的にY の職員2 名で個室に誘導して臥床させた。同日午前6 時頃の巡回の際、X は睡眠していた。
 同日午前6 時20 分頃、X の個室のセンサーが反応し、その約15 秒後、X の居室から「ドスン」という物音があり、Y の職員はX がベッド脇に右側臥位で倒れているのを発見した(本件事故)。意識障害はなかったものの頭部の痛みを訴え、後頭部にたんこぶがあったため、X は同日午前10時10 分、S 病院で受診し、CT 検査を受けたところ前頭部に出血が確認され、転送されたC 病院で頭部打撲による脳挫傷と診断された。
 以上の事実関係の下、X からY に対し、損害賠償を求めて出訴に及んだ。


判決             【請求棄却】


1 「本件介護契約は、要介護認定を受けた高齢者を利用者として施設に収容した上で介護することを内容とするものであって、介護を引き受けた者には利用者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されると解されるから、Y は、本件介護契約の付随的義務として、X に対し、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を信義則上負担していると解される。もっとも、その安全配慮義務の内容やその違反があるかどうかについては、本件介護契約の前提とするY の人的物的体制、X の状態等に照らして現実的に判断すべきである。」

2 「YはXが夜間徘徊して転倒する危険性があることを認識していたから、X が夜間に転倒して負傷しないよう配慮すべきであったといえる。もっとも、Y は、X の個室に離床センサーを取り付けてX がベッドから動いた場合に対応することができる体制を作り、Y の職員が夜間そのセンサーが反応する都度、部屋を訪問し、X を臥床させるなどの対応をしている。また、Y の職員は、夜間、少なくとも2 時間おきに定期的に巡回してX の動静を把握している。さらに……Y は、X の転倒を回避するために、X の介護支援専門員に対し、本件事故前に退所させることや睡眠剤の処方を相談している。加えて、……X の居室のベッドには、転落を防止するための柵が設置されていたし、前提事実……によれば、Y の職員2 名は、本件事故直前のセンサー反応後、事務所にて対応していた別の利用者を座らせた上でX の居室に向かっている。このようにY は、本件施設の職員体制及び設備を前提として、他の利用者への対応も必要な中で、X の転倒の可能性を踏まえて負傷を防ぐために配慮し、これを防ぐための措置を取ったといえる。」
 以上のように判示し、裁判所はY の安全配慮義務違反、及び不法行為上の故意又は過失を否定し、X の請求を棄却した。
(東京地裁平成24 年5 月30 日判決判例集未登載〔TKC 文献番号25494121〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、ショートステイ利用の高齢者が転倒し、脳挫傷の傷害を負った事案につき、施設側の過失が否定された裁判例である。基本的には、これまで何度も取り上げてきた骨折事故と同種の事案であると言ってよい。
 この種の事案については、公刊裁判例のなかに原告の請求が認容された裁判例が多く、何をどこまで行えば安全配慮義務を尽くしたといえるのか(あるいは過失が否定されるのか)、必ずしも定かではなかった。その意味で本件は、実務上参考になると思われる(なお本判決では、Xが認知症であるとの表現は用いられていないが、徘徊行動等に係る事実認定や、長女がXの成年後見人であることが判決文から読み取れるため、Xが認知症であることは間違いない)。

2 安全配慮義務違反等の成否


 判旨1にあるように、本判決は、安全配慮義務を本件介護契約から信義則上導かれる「付随的義務」と位置づけている。ただしその義務の内容は、本件介護契約の前提とするYの人的物的体制等に照らして判断されるとしている。そして本件での人員配置の適否については、契約であらかじめ合意された本件施設の職員体制を前提にして判断されるべきものとする。
 このように裁判所は、施設が負うべき債務の内容(安全配慮義務を含む)を、個別具体的な契約条項を基準に判断している。法的紛争に際しては、契約の文言(つまり当事者の合意内容)が重要な意味をもつ。事業・施設の人員、設備および運営に関する基準(平成11年3月31日厚生省令37号など)は、一義的には国が事業者等に対し義務づけている基準であり、当然に契約条項になっているわけではないのである。ただし、契約に明文規定がない場合、補充的に契約の解釈基準にはなる。また基準に反する契約条項は、公序良俗に反し無効とされる可能性がある(民法90条)。
 本件事実認定を前提とする限り、Y職員のXへの対応は違法とはいえないだろう(違法でないことと、適切な認知症高齢者介護であることは同義ではないが、筆者はこの点につき十分な評価能力がない)。

3 介護支援専門員のかかわり


 本件では、介護支援専門員Bの立てたケアプランに基づきXがYに入所した旨、さらにYにおいてXの受け入れが困難であると判断してBに退所の相談等を行った旨、認定されている。本件事故は、当該相談のわずか2日後に発生した。
 従来の介護事故裁判例では、筆者の知る限りケアマネジャーの過失が問われた事案はない。直接介護に携わる事業者・施設と異なり、事故に際して過失が問われる可能性は低いということができる。ただし、利用者に関わる誤った情報を施設側に伝え、このことが一因となって入所直後の事故を生ぜしめたような場合、ケアマネジャーないし指定居宅介護支援事業者の責任が問われないとはいえない。法的責任は問えないにせよ、本件では入所(11月17日)してから3日後(同月20日)には退所の話がY職員からBに対してなされており、BによるXの状態把握等が適切であったか疑問の余地がある。ケアマネジャーの個々のレベルに不安が拭い切れない以上、施設側としても、ケアマネジャーとの情報交換や信頼関係の構築によりいっそう意を尽くすべきかもしれない。
 本件事故が裁判まで至った背景として(Xが原告であるが、認知症であることから、家族主導で裁判を提起したことがうかがえる)、Yから直接、もしくはBを介して家族に対し、Xに係る情報(リスク情報も含む)がどこまで提供されていたのかも気になる。そうした情報の共有と信頼関係の構築が、リスクマネジメントとして非常に重要だからである。

4 救急搬送義務違反


 本件では、この種の事案でよくみられるように、事故後の救急搬送義務違反も問題となっている。Xが午前9時55分になって吐き気を訴え、午前10時10分に病院に搬送されたことをもって、Yが本件事故後直ちにXを病院に救急搬送すべき状況にあったとはいえないとした。法的責任を否定した結論に異論はないものの、治療ができない福祉施設での頭部打撲の事故である以上、基本的には事故後の素早い救急対応が望ましい。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年6月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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