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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第17回:階段昇降時の転倒と過失〜骨折事故と賠償責任D〜


事案の概要


 亡A(昭和13 年生まれ)は、平成21 年5 月頃、当時受診していたE 病院において、乳がんが肝臓等に転移しており、余命半年との診断を受けた。X(A の子)とA は、同年6 月11 日、介護保険認定調査の申請を行い、同月12 日、東京都O 区福祉部地域福祉課の担当職員であるB が、X とA が当時同居していた住宅(X 方)を訪問し、要介護認定に関する調査を行った。A はデイケア施設(本件施設)を設置・運営していた被告Y1 株式会社に対し、同年6 月16 日、通所介護サービスの申込みを行い、同月18 日、Y 1のケアマネジャーY2 が、A のADL を調査するため、X 方を訪問し、アセスメント表(在宅用)を作成した。A は、同月19 日、X とともに本件施設を見学し、同月23 日と同月26 日、本件施設の通所介護サービスを利用した。
 A は、同月30 日午前8 時30 分頃、本件施設1 階において、Y3(介護職員)によってもう1 名の利用者とともに2 階への階段(本件階段)に案内された際、椅子に座っていた階段の介助を必要とする上記利用者を誘導するためにY3 がA に背を向けて目を離していた間に転倒し(本件事故)、階段下にうずくまったが、その際、右上腕骨近位端骨折の傷害を負った。
 Y1 はX に対し、同年7 月30 日、30 万円を支払った(X は本件事故による損害賠償金の一部であると主張し、Y1 は解決金の一部であると主張した)。
 A は、同年10 月29 日、F 病院において乳がんのため死亡した。
 以上の事実関係の下、A の相続人であるX が、Y1・Y2・Y3 及びY4(Y1 の施設管理責任者)に対し損害賠償を求めて訴えに及んだ。


判決             【請求棄却】


1 本件認定事実から、「A は、本件事故当時、歩行は自立し、支えなく一人で移動しており、階段も日常的に一人で上り、杖や介助を必要としていなかったこと、そして、転倒歴もなかったことを認めることができる。」
 O 区認定調査票の「両足での立位」について「支えが必要」等の記載は、「A の状況を実際に観察した上での記述でないことが疑われるのであり、前記認定のとおり、A は入退院時に歩いており、また、X 宅から一人で外出するなどしていたことに照らしても、その記載をそのまま信用することはできない。」
 「以上によれば、A は、本件施設を利用していた当時、その年齢や病状から来る体力の低下による歩行速度の低下こそあったと推認されるものの、歩行能力において特に問題はなく、階段の昇降を含め、歩行時に介助を必要とする状況にはなかったものであって、本件事故時も同様であったと認められる。」

2 「Y1 とA は、双方の合意により本件施設を利用する関係にあったのであるから、正式な通所介護契約締結前であっても、Y1 は、安全配慮義務を負うものと認められる。」「X が主張するように、Y4 作成の個別援助調査票において歩行は一部介助、『転倒に留意』との記載があることを考慮しても、A と介護職員を1 対1 で対応させる等の人員配置を行うことは、その方がより望ましいという指摘はできるとしても、Y1 においてそのような義務があったとまでは認められない。」「したがって、Y1 に本件事故について安全配慮義務違反があったとは認められない。」

3 「認定事実を前提とすると、Y3 には、A が階段を昇る際に常時見守り、介助するまでの義務があったとは認められない。」「そして、Y3 は、……本件事故の際、A ともう一人の利用者を案内し、A に階段を上るよう促し、もう一人の利用者に対応するため、ごく短時間A から目を離したものではあるが、当時のA の状況に照らせば、この事実をもってしても、Y3 に注意義務違反があったとまでは認められない。」「以上によれば、Y3 に介護者としての注意義務違反があったとまでは認められず、不法行為責任は認められない。」
(東京地裁平成24 年11 月13 日判決〔判例集未登載。TKC 文献番号25497915〕)


【解説】

1 はじめに


 本件は、ショートステイ利用者が階段を上る際に転倒・骨折した事案である。本連載では、すでに何度も骨折事故を取り上げてきたが、階段昇降時の骨折事案ははじめてであり、また原告の請求が棄却された点でも、本判決は参考になると思われる。

2 Y1の安全配慮義務違反


 本判決は、判旨1で、Aが階段の昇降を含め、歩行時に介助を必要とする状況になかったことを認定している。その際、区の認定調査がAの状況を実際に観察したうえでの記載であることに疑念を呈している。もとより認定調査は、すべての項目につき実地で状態確認しなければならないとまではいえないであろう。ただし、当事者のヒアリングに過度に依拠することが、真の状態像を得られない可能性を高める(ひいては要介護認定の客観性を損なう)ことに留意する必要がある。
 判旨2では、本件事故が正式な通所介護契約締結前に発生したことから、Y1が契約上の安全配慮義務を負うか否かが争点となった。本判決が示唆するように、安全配慮義務は、特定の契約条項がなくとも、一定の契約関係(ないし社会的接触関係)にある当事者間で発生するものと理解されている。したがって、施設利用に係る関係も一種の契約関係である以上、受け入れ側としては安全配慮義務を負うとの判旨は、当然のことを述べたに過ぎない。
 もっとも、Y4も留意していたように、常に1対1で歩行時に付き添うことがAにとって望ましいとしても、限られた人員配置のなかで介護せざるを得ない以上、1対1の体制をとらないことが直ちに法的なレベルで賠償責任を問われることにはならない。この点につき本判決は、安全配慮義務違反を否定する際の判断要素として、第一に、本件階段は、とくに段差が急であったり、手すりの位置や形状にも問題なく、床がとくに滑りやすいなどの事情もうかがわれず、事故の危険がことさら高い場所であったとは認められないこと、第二に、Aが本件事故前2回の本件施設利用時にも1人で歩行し、転倒の危険が生じたこともなく、本件事故当日も体調不良等の訴えがあったことはうかがえないこと、の2点をあげている。
 逆に言えば、階段自体が危険性の高い構造であったり、Aの転倒リスクを具体的に認識すべき状況にあるような場合、階段昇降時に1対1での対応を行なわなければ安全配慮義務違反が問われる余地がある。
 本判決では、本件施設で過去に多数回の事故があったとのXの主張が、各利用者の要介護度や事故態様は本件と異なり、発生場所も本件階段ではないとし、退けられている。本件施設での事故が少なくないこと自体は裁判所も認めていると思われ、こうした事情を抱える施設への不信感も、本件訴訟の遠因となっている可能性がある。

3 職員の注意義務違反


 本判決では、職員らの不法行為責任(民法709条)も問われ、結論的には請求が棄却された。職員に賠償資力がないこともあり、事業者(法人や会社)の使用者責任(民法715条)もあわせて問われるのが通常である(本件でもそうであった)。仮に請求が認容された場合、使用者と被用者のいずれもが賠償義務を負う関係に立つ(不真正連帯債務という)。民法715条3項は、使用者が被用者に対して求償権を有することを定めているが、最高裁判所は、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し上記損害の賠償または求償の請求をすることができる」(最高裁昭和51年7月8日判決)とし、求償権の行使を制限している。事故リスクが常につきまとい、厳しい労働環境・労働条件のなかにおかれている介護職員への求償は極めて酷であり、故意による事故でもない限り、基本的に求償できないものと考えるべきであろう。
 本判決では、ケアマネジャーの注意義務違反が問われ、「Y2は、XやAから必ずしも十分な調査の機会や時間を設けられないなか、Aと接触する機会を活用し、必要な調査を行ったうえで、アセスメント表を作成したものと認められる」とし、これが否定された。事故発生に直結するリスクを利用者側があえて施設側に伝えなかったような場合、施設側の免責事由となり得るとはいえ、一般的には、施設側のアセスメントが十分でなければ、リスク情報をもたなかったこと自体の過失を問われる可能性がある。
 本件では、事故後にY1からXに対し30万円が支払われている。仮にY1が真摯な謝罪とともに本件金員を支払ったとしても、そのことが直ちに法的責任を認めたことにはならないことは、本判決の結論に示される通りである。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年8月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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