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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第19回:湯たんぽによる低温熱傷と過失〜熱傷事故と賠償責任〜


事案の概要


 A(大正7 年生まれ。平成19 年4 月死亡)は、平成14 年頃、認知症の症状が出現し、平成17 年春頃、その症状が増悪したことから、同年11 月15 日、Y(指定介護老人福祉施設、介護老人保健施設の管理運営等を目的とする株式会社で、Y 施設の管理運営にあたっている)との間で、認知症対応型共同生活介護契約を締結し、Y 施設に入所した。
 A は、平成16 年11 月以降、D 病院において閉塞性動脈硬化症の治療を受け、平成17 年1 月25 日、両足第1 趾の疼痛を訴えて、D 病院を受診し、医師の診察を受けたことがあった。
 平成18 年12 月10 日午後7 時30 分頃、Y 職員は、A が寒気を訴え、発熱(38.8度)も認められたことから、同人を就寝させ、その足下に湯たんぽを設置した。Y 職員は、同日午後11 時55 分頃まで、体温の測定、水分摂取の介助、排泄状態の確認、湯たんぽの設置状況の確認等をしていたが、翌11 日午前1 時15 分頃、排泄状態を確認しようとして、A の両足底が湯たんぽに接触して腫れ、水泡(5×8cm 大)が生じているのを発見し(低温熱傷)、本件創部を氷水により継続的に冷却する処理を行うとともに、本件事故の発生をY 施設の看護師に報告した。
 看護師は、同日午前9 時40 分頃、A に対し、ゲンタシン軟膏(皮膚感染症の治療に用いられる抗菌薬)を塗布し、ガーゼ、包帯により本件創部を保護する処置を行った(水疱は8×12cm 大)。看護師は、翌12 日及び13 日にも、感染症の発症を予防するため、水疱を穿刺し内容液を吸引したうえ、本件創部にゲンタシン軟膏を塗布する処置を行った。
 A は、同月11 日午前10 時40 分頃、Y 職員とともにB クリニックに赴き、C 医師(精神科医)の診察を受けた。C 医師は、Y 職員からA の状況(認知症の症状が改善せず、他の施設利用者との間でトラブルが生じていることなど)について報告を受け、精神科病院であるE 病院を受診するよう助言した(熱傷の治療は行われていない)。
 A は、同月13 日午後2 時頃、精査加療を目的として、看護師とともにD 病院に赴き、F 医師(内科医)の診察を受け、同日、同病院に入院した。F 医師は、A を急性上気道炎と診断し、フルマリン(抗菌薬)の点滴投与等を行った。看護師は、F 医師に対し、湯たんぽで熱傷を負い、巨大水疱が出現したことなどを報告した。
 A は、同月25 日、D 病院を退院し、Y 施設に帰所した。A は、入院中、D 病院の外科において、水疱を穿刺して内容液を吸引し、フィルムを貼付して本件創部を保護する処置を受け、退院後の平成19 年1 月4 日にも、同病院の外科を受診して、ハイドロサイトAD(総称被覆保護材)を貼付して本件創部を保護する処置を受けた。本件創部の状態は徐々に改善し、1 月4 日時点において、本件創部は乾燥し感染の徴候もないことが確認されている。
 A は、D 病院を退院した平成18 年12 月25 日、Y 職員とともにE 病院に赴き、G 医師(精神科医)の診察を受けた。E 病院の管理者は、G 医師による診察の結果、A は高度のアルツハイマー型認知症を発症しており、保護のため入院の必要があると判定して、平成19 年1 月9 日、精神保健福祉法33 条2 項に基づきA を同病院に入院させ、同月30 日、保護者X1 の同意を得た上、同条1 項に基づき同病院に入院させた(医療保護入院)。
 A は、1 月12 日発熱し、同日頃から、多量の痰を吐くようになった。同月18 日に採取した喀痰からはMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出され、その後の同様の検査でもMRSA、緑膿菌、腸球菌等が検出された。G 医師は、同月15 日、本件創部から薄緑色の液が排出されているのを確認し、ゲーベンクリーム(抗菌薬)を塗布した。同病院のH 医師(皮膚科医)は、同月18 日、本件創部に黒色痂皮が形成されているのを確認して、A の熱傷を<3> 度と診断し、ブロメライン軟膏(創傷部の壊死組織を分解、除去し治癒を促進する効能を有する)を塗布して痂皮を徐々に除去した上、肉芽が形成された後にラップで被覆するよう指示した。
 G 医師は、2 月17 日、A の左足第1 趾先端部が紫色に変色しているのを、同月26 日、左足第1 趾及び第2 趾の側面に黒色痂皮が形成されているのを、同年3 月1 日、左足第1 趾と第2 趾のあいだに浸出液(MRSA 及び大腸菌が検出された)を伴う潰瘍が形成され、壊死が拡大しているのを確認した。G 医師は、本件壊死は閉塞性動脈硬化症に起因する可能性があると判断した。
 A は、平成19 年4 月2 日、ぜんそく発作が出現し、同日午後10 時45 分死亡した(死亡診断書上、直接死因は急性呼吸不全とされている)。
 以上の事実関係の下、X1(A の長女)とX2(A の養子)からY に対して、損害賠償を求めて訴えに及んだ。


判決             【請求一部認容】


1 「Yは、本件介護契約に基づき、Aの生命身体の安全に配慮する義務を負うところ、Y職員において、漫然と本件湯たんぽを設置し、その結果、同人に熱傷を負わせたというのであるから、上記義務の違反は明らかというべきである(Yも、この点について争ってはいない。)。」

2 治療施設の選択にかかる指標のひとつである「Artzの基準」によれば、重症熱傷の場合には、専門医のいる病院での入院加療が必要とされるが、「上記基準が顔面、手、足を特殊部位と位置づけ、当該部位の熱傷を重症熱傷と取り扱うのは、特殊部位の熱傷は初期治療の適否によって機能的予後が左右されることによるものにすぎず、受傷部位が顔面、手、足である場合には、熱傷面積、熱傷深度、受傷状況、合併症の有無、熱傷による機能喪失の有無等、具体的な熱傷の状況に関わりなく、一律に専門医の居る病院に転送し治療を受けさせるべきとすることが、医療水準にかなうとまでいうのは困難である。」本件事実関係に照らせば、「Y職員の本件事故後の対応に注意義務違反があったとまでいうのは困難である。」

3 「Y職員の注意義務違反によりAが熱傷を負ったことは前記のとおりであり、Yは、これに係る損害賠償責任を免れない。」
 本件事故とAの死亡との間に因果関係がある旨、また本件事故がその死亡に寄与したことは明らかである旨のXらの主張に対しては、「Aが死亡に至る機序について判断するまでもなく、本件事故と同人の死亡との間に相当因果関係があるとも、本件事故がその死亡に寄与したとも認められない。」
 裁判所は以上のように判示し、X1につき71万円余、X2につき61万円余の損害賠償請求を認めた。」
(東京地裁平成25年1月30日判決〔判例集未登載。TKC文献番号25510485〕)



【解説】

1 はじめに


 本件は、認知症対応型グループホームでの湯たんぽ使用に伴う低温熱傷事故に端を発した損害賠償請求の事案である。本連載で初めての類型であり、事実関係が錯綜していることから、《事案の概要》を丁寧に紹介した。以下、若干の解説を行っておきたい。

2 Yの注意義務違反


 本件では、Aに熱傷を負わせた点に注意義務違反(過失)があったこと自体はYも争っていない。争点は、Y職員がAを専門医のいる病院に転送し治療を受けさせる義務を怠った点に注意義務違反が認められるかであった。
 この点につき裁判所は、@Aの熱傷は、両足底が湯たんぽに長時間接触していたことによる低温熱傷であり、熱傷面積は5×8p大あるいは8×12p大にとどまること、AY職員は、本件事故後、直ちに本件創部を氷水で継続して冷却する処置を行い、また看護師による処置を行っていること、BAは12月13日、D病院に入院し、外科において、Y施設における処置と基本的に同様の熱傷の治療を受けていること、C医学文献には、水疱を伴う熱傷の場合、内容液を吸引し、3日ないし5日間程度、水疱蓋を温存するのが原則であると指摘するものもあること、D専門医も、受傷時から明らかな<3>度熱傷(明らかな壊死所見、痛覚消失が認められる場合)でない限り、植皮手術の必要性や、皮膚が再生する可能性を判定するため、数日ないし2週間程度、経過を観察すべき旨の指摘をすること、などに照らして、Y職員の本件事故後の対応に注意義務違反があったとは認められないとした。
 本件事故の翌朝、医師の診察を受けたものの熱傷の治療は行われず、2日後に他の疾患で入院した際はじめて医師による治療が行われた点で、納得がいかないX側の心情も理解できないではない。しかし、本件では、熱傷の態様に応じた事故後の応急処置・速やかな看護師への報告、看護師による応急処置などの対応が適切であったことが、過失の否定につながったといえよう。

3 相当因果関係


 本件でAは、重度の認知症であり、閉塞性動脈硬化症といった既往症もあるなかで、MRSAに感染し、全身状態が悪化して死亡に至ったものである。裁判所は、本件創部の状態が徐々に改善した一方、MRSAがY施設での感染によるものとも、本件創部が感染源であるとも認められないとして、判旨3のように相当因果関係を否定した。骨折→長期臥床→肺機能低下・誤嚥→肺炎発症→死亡という一連の経過が、通常人にとって予見可能であるとして、骨折と肺炎発症による死亡との間に相当因果関係を認めた事案もあるが(東京地裁平成15年3月20日判決判例時報1840号20頁)、本件とは事案を異にするといえよう。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年10月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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