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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第20回:在宅介護と安全配慮義務〜褥瘡の見落としと賠償責任〜


事案の概要


 原告X1(昭和3 年生まれ)は、平成10 年ころ脊椎梗塞を発症して下肢麻痺となり、日常生活で車椅子を使用し、平成21 年6 月4 日に要介護3 の認定を受けた(本件で問題となった臀部の褥瘡及び感染症に罹患後の平成22 年1 月18 日には要介護4 の認定を受けている)。
 X1 は、Y(株式会社)との間で、平成17 年に訪問介護契約及び居宅介護支援契約を締結した。Y の訪問介護サービスではF ヘルパーがX1 を担当し、居宅介護支援ではG ケアマネジャーがX1 を担当していた。
 X1 は、平成18 年2 月及び平成19 年8 月、左右臀部等に褥瘡を発症し、通院治療を受けたことがあった。
 F が担当していた訪問介護では、火曜2 時間、木曜2 時間半、土曜1 時間半の入浴介助と買物同行が計画されていた。F は、平成21 年10 月10 日、同月13 日、同月15 日、同月17 日、同月20 日、同月22 日、X1 の入浴介助等を行った。このうち、同月15日の入浴介助の際、F はX1 の左大腿部に傷ないし褥瘡(どちらかについては両当事者間に争いがある)があることを発見し、X1 にこれを伝え、医師の診察を受けるように勧めた。
 X1 は、同年10 月23 日、臀部の褥瘡を原因として発熱し、主治医であるH 医師の診察を受けた後、同月26 日入院した。
 以上の経緯の下、F 及びG が褥瘡を見逃したためX1 の褥瘡が悪化し感染症罹患に至らせたと主張し、X1 とX2(夫)・X3(長女)・X4(長男)がY に対し、損害賠償を求めて出訴に及んだ。


判決             【請求棄却】


1 F の過失ないし注意義務違反
@「本件訪問介護契約の目的や同契約において提供されるサービスの内容及び介護保険法上の訪問介護の位置づけに照らすと、訪問介護においては、日常生活上の世話に主たる目的があるというべきであり、加えて、療養上の世話等については、別途、訪問看護サービス等が存在していること(特に、本件では、前記認定のとおり、褥瘡の予防が訪問看護指示書に記載されていた時期があった)にもかんがみると、Y 及びその利用補助者であるF が、本件居宅介護支援契約上の債務として、入浴介助等の訪問介護サービスを提供する際に、常に、全身を観察して居宅要介護者(X1)の身体に褥瘡が発生していないか否かを検索する契約上の義務を負っていたと認めることはできず、また、F にこれと同様の不法行為の前提となる注意義務があるとまで認めることはできない」。
A「もっとも、Y は、本件訪問介護契約に付随して、X1 の安全に配慮する義務を負っているものと解される。そして、かかる安全配慮義務については、具体的な義務違反を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任はXらにあるというべきである。」X らは、「F が入浴介助を行った際に、予兆・兆候を含む本件褥瘡の症状が存在し、F がこれを看過したことを具体的に主張立証しないから、F に安全配慮義務違反や不法行為の前提となる過失は認められない」。

2 G の過失ないし注意義務違反
@「本件居宅介護支援契約の目的や介護保険法上の居宅介護支援の位置づけに照らすと、居宅介護支援は、居宅サービス契約の作成の支援やサービス提供事業者との連絡調整等を行うものであって、本件居宅介護支援契約に付随して、X1 の安全に配慮する義務を負っていることは格別、Y 及びその履行補助者であるG が、本件居宅介護支援契約から発生する本来的な債務として、褥瘡発症を予防すべき契約上の義務を負っていたと認めることはできず、また、G にこれと同様の不法行為の前提となる過失があるとまで認めることはできない。」
A「G は平成21 年10 月15 日に、F からX1 の褥瘡についての報告を受けたこと、同月16 日にX1 を訪問した際に、同褥瘡についての話をし、専門医の診察を受けることを勧めたところ、X1 がH 医師に相談する旨を述べていることを確認したことが認められ、F からX1 の褥瘡についての報告を受けてこれを認識した後に、X1 に対して医師の受診を勧めるなどの適切な措置を取っているというべきである。よって、G は、F からの報告に対して適切な措置を取ったものというべきであって、G には、安全配慮義務違反や不法行為の前提となる過失は認められない。」
(東京地裁平成24 年10 月30 日判決〔判例集未登載。TKC 文献番号25498081〕)



【解説】

1 はじめに


 本件は、これまで本連載で取り上げてきた施設介護と異なり、居宅介護の場面における事業者の過失が問われた事案である。その際、褥瘡の見落としが問題とされ、ヘルパーのみならずケアマネジャーの過失が問われ、これに対し裁判所が一定の法的判断を示した点で、大いに参考になる判決である。

2 訪問介護と過失


 判旨1@では、訪問介護の場面で介護職が負うべき注意義務につき述べられている。褥瘡の処置自体は医療行為であり、介護職が行い得るものではないが、本件では褥瘡発生の検索義務の有無が争点となり、入浴介助等の際、「常に、全身を観察して」「身体に褥瘡が発生していないか否かを検索する」義務を負っていたとは認められないと判示した。裁判所は、看護は「療養上の世話」、介護は「日常生活上の世話」と明確に区分しているが、実態からやや乖離した硬直的な判断といえなくもない。ただし、本判決を前提としても、判旨の括弧書き部分に着目すると、訪問看護指示書などで褥瘡の予防が具体的に指示されていた場合には注意義務の水準が高まる可能性がある。
 判旨1Aは、安全配慮義務違反との関連での主張・立証責任についての判示である。債務不履行構成(民法415条)では、原因となった事実(要件事実)を被害者側が立証すれば、加害者側が帰責事由の不存在を立証しなければならないとされており、判旨でもそうした一般論を述べたうえで、義務違反に該当する事実をXらは主張・立証していないとしたものである。要件事実の主張・立証がない以上、不法行為構成(民法709条)でも過失は認められないことになる。
 むしろ裁判所の認定事実によると、Fは、平成21年10月15日の入浴の際、X1の左足付け根太もも裏に褥瘡ができていることをX1に告げ、医師の診察を受けるように勧めたとされている。その根拠として、Fが記入した実績状況報告書を確認してX1が押印していたこと、当該報告書に「左足付け根太もも裏に床ズレができていらっしゃいます」と記載されていたことがあげられている。
 褥瘡についていえば、施設では24時間介護を前提として、褥瘡を発生させた責任自体が問われよう。その意味で、居宅介護で事業者の責任が問われる場面は相対的に少ないものの、それでも本件のような紛争は生じ得る。実務的には、上記のように報告書などできちんとケアの内容を記載し、本人・家族の同意を得ておくことが、ケアの質向上のみならず、介護者が自分の身を守るためにも必要である。

3 居宅介護支援と過失


 判旨2@では、居宅介護支援契約から生じる本来的な債務として、褥瘡発症を予防すべき義務の存在を否定している。ただし、介護現場から具体的な報告(本件では褥瘡の発生)があったにもかかわらず、適切な措置を取らなかったとすれば、義務違反を問われる可能性を本判決も否定するものではない。判旨2Aも、Fから褥瘡についての報告を受けたGがX1に対して医師の受診を勧めるなどの適切な措置を取ったことを捉えて、安全配慮義務違反等を否定したものである。このことは、他に保有する国家資格が何であれ、介護支援専門員として共通に求められる水準の義務と考えられる。

4 介護の専門職性


 本判決は、Fの過失等を否定するに際し、「入浴介助の際に可能な限り臀部の褥瘡の有無を観察することが望ましいといえるとしても、FがX1らの主張するような入浴介助の際に本件褥瘡を発見、確認すべき法的な義務を負っていたと認めるべき根拠はない」と判示している。ここでは、望ましい介護に係る行為規範と、法的義務とが乖離している。この乖離をどう考えるかが、介護の専門職性を考える際のポイントであるように思われる。法的義務でない以上、対応する必要はないと割り切るのであれば別だが、現時点では法的義務とまでいえなくとも本来あるべき介護のあり方と捉えるのであれば、その方向での研修・教育、資格基準などを考えていくべきこととなろう。そうした前提のうえで、法的義務の水準も高まり、同時に専門職性も高まるのではないだろうか。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年11月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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