第21回:介護サービスに関する苦情と自治体の賠償責任
事案の概要
原告X は、自宅で母A(大正7 年生まれ)と同居し、その介護に当たっていた。被告Y は、介護保険を運営する自治体である。
A は、平成19 年2 月6 日Y により要介護3 の認定を受けた。A は、B 社との間で、同月9 月1 日を契約日とする居宅介護支援契約を締結した。その後、B 社のK がケアマネジャーとしてケアプランの作成を行った。
A は、平成20 年2 月2 日までは、専らショートステイを利用していたが、同日、利用中に体調が悪化し、病院で診察を受けた後、自宅に戻った。K は、同日ショートステイ先からの電話でこの事実を知り、同月4 日、X に電話し、同月14 日予定のデイサービスに参加するかどうか確認した。X は、予定を変更する際には直接施設に連絡すると回答した。K は、同月7 日にもX に電話し、同年4 月のショートステイを利用するかどうか確認した。X は、同月のショートステイは体調不良のため中止すると回答した。
X は、同月12 日、Y の地域包括支援センター(以下、支援センター)を訪問し、「同居の家族がいることで、訪問介護サービス利用に当たって制約があると担当ケアマネジャーから言われた」と述べた。これに対し支援センター職員は、同居家族がいても身体介護は利用できること、担当ケアマネジャーの変更やケアプランの自己作成が可能であることを説明した。
K は、同月19 日、X に電話をかけ、同月20 日からのショートステイを利用するかどうかを確認した。X は、同日からのショートステイも、同月のデイサービスも中止すると回答した。
K は、A が従前利用していた通所サービスがすべて中止されたため、介護支援方針の変更を検討する必要があると考え、同月20 日、X 宅を訪問した。K は、訪問介護、訪問看護、リハビリ等の訪問サービスの利用を内容とする介護支援を提案したが、X は、他人が家に入ると落ち着かない、各部屋に鍵をかけなければならなくなる、玄関の開閉の必要も生じるなどと述べ、消極的な態度を示した。KはX に対し、ケアプランを自己作成することもできると説明したが、X は、利用できるサービスがないのでしばらく利用しない、利用する際には自分の方から連絡すると述べた。
Xは、同月21日、支援センターに電話し、訪問歯科診療の問合せ先を照会するとともに、同居家族がいるためにヘルパー派遣が利用できないとか、K から「不満なら後は自分でプランを作られたら」と言われて憤慨しているなどと訴えた。X は、同月27日にも支援センターに電話し、ケアプランを自己作成する方法を教えてほしいと訴えた。支援センター職員は、X に対し、訪問歯科診療の問合せ先を教示するとともに、同居家族がいても生活援助と身体介護のうち後者のヘルパーの派遣を受けることができること、ケアマネジャーの変更が可能であること、ケアプランを自己作成する場合には支援センターに所属する主任介護支援専門員を交えて相談にのることを回答した。
K は、同月20 日X 宅を訪問した後に続いて、3 月7 日にもX に電話し、留守番電話にA の体調や現在の状況などについてメッセージを残したが、返信はなかった。
K は、同月11 日にもX に電話した。その際、X はK に対し今後の介護サービス利用については必要に応じて連絡すると述べたものの、その後X からの連絡はなかった。
X は、同年5 月16 日に支援センターを訪れ、K の対応について、「自分でケアプランを作成したら」といわれ放置されていること、ヘルパー派遣を希望したところ、できないと言われ説明もなかったことなどを指摘し、苦情を申し立てた。支援センター職員はX に対し、苦情調整委員および国保連への苦情申立て手続きについて教示した。
X は、同月19 日、Y 保健福祉サービス苦情調整委員に苦情申立書を提出した。苦情調整委員は、B 社の対応が十分であったと言い切ることはできないと判断し、B 社に対し、今後、同様の事態が生じないよう書面で注意喚起を行うとともに、X に調査結果通知書を送付し、調整を終了した。その後X は、支援センターに対し、この調査結果通知に基づきB 社を指導するよう求めたため、L支援センター所長は、結果として説明が不十分であったことについて謝罪するとともに、介護サービスの再開について話し合うよう指導した。L は、7 月25 日、X に電話し、B 社に対する指導を行った旨報告した。X は、同月29 日、支援センターに対し、行った指導内容について書面で報告するよう要請したため、Y はX に対しM 福祉事務所長名義の書面を郵送した。8 月1 日、X は支援センターを訪問し、指導監督の内容が記載されていないなどと不満を述べ、再度文書による回答を求めたことから、同日B 社代表取締役N に対し、L 支援センター所長と共にX と面談する機会を作るよう依頼した。N は同日X 宅に赴いたものの、X は面談を拒否するとともに、Y 公聴広報課に電話で相談した。支援センターは、N から再度事情を聴取し、同月8 日に話し合いの場を設けることとしたものの、X はこの申出を拒否するとともに、同月5 日東京都国保連に苦情申立てを行った。国保連は、調査を実施したうえで、B 社に対して指導助言を行うとともに、X に対し、10 月3 日、指導助言を行った旨の結果通知を行った。B 社は、X らに対し、同月10 日、謝罪文を送付した。
X は、Y に対し、平成21 年3 月、A 社への指導監督を求める旨の書面を提出した。M 福祉事務所長は、4 月3 日、X 宅を訪問し、指導監督の経過等に係る書面を交付した。
こうした経緯の下、X からY に対し、B 社による運営基準違反があるにもかかわらず、Y が必要な指導を行わなかったことの違法を主張して訴えに及んだ。
判決 【請求棄却】
1 B社の運営規準違反の有無
「Kケアマネは、同月(平成20年2月−筆者注)20日にX宅を訪問した際、訪問サービスの利用を提案したが、Xは、これに難色を示し、利用できるサービスがないのでしばらく利用しない、利用する際には自分の方から連絡するなどと述べたこと、その後、Kケアマネは、Xに電話をかけ、留守番電話にメッセージを残したが、Xからは連絡がなく、同年3月11日の訪問歯科診療に同席することも拒絶されたうえ、今後の介護サービス利用については、母の身体状況がわからず、予定を入れることができないので、必要に応じて連絡するとのことであったため、Xからの連絡を待つことにしたことが認められる。」
「そうすると、Kケアマネは、相当と考えられる介護サービスの提案は行ったうえで、Xの要請に従い、当面はXからの連絡を待つという方針で対応していたにすぎない。このようなKケアマネの行為は、本件運営基準13条13号イに違反するものではなく、同条7号、8号の不遵守に当たるものでもない。」
2 YのB社に対する権限不行使の違法の有無
「支援センターは、同日(平成20年5月16日−筆者注)の時点で、Kケアマネが本件運営基準に明白に違反するような行為をしていたと把握していたわけではないし、そのような違反行為が存在したものと認められないことは前記……のとおりである。このような状況の下で、Xの苦情申立てを受けたY支援センターがXに対して苦情調整委員に苦情申立てをするよう手続教示を行ったことは正当なものということができるし、また、Yにおいて、それ以上の権限行使をしなかったことが不合理なものということはできない。」
(東京地裁平成24年6月21日判決〔判例集未登載。TKC文献番号25494872〕)
【解説】
1 はじめに
本件は、介護サービス提供に不満を抱いた要介護者家族から自治体に対し、事業者への指導監督権限の不行使が違法であると主張して、損害賠償(国家賠償)請求がなされた事案である。本連載でこれまでみてきた介護事故に際してのサービス提供者に対する損害賠償請求訴訟ではないものの、苦情にどう向き合うかなど、事業者にとっても参考になると思われるため取り上げることにした。
2 運営基準違反
〔事案の概要〕で詳しく紹介した認定事実を前提とした場合、3月11日にKケアマネが電話した際、Xから同日の訪問歯科診療の際の訪問を断られ、今後の介護サービス利用についても必要に応じて連絡すると告げられたことからすれば、その後KケアマネがXからの連絡を待つ姿勢に転じたことも理解できなくはない。ただし、他に介護保険サービスを利用していなかったとはいえ、Aが要介護認定を受けた要介護者であること、家族と同居ではあっても虐待等の懸念がまったくないとは言えないこと等からすれば、Xの意向に関わらず、Aの状態把握に向けた積極的なアプローチが望まれる。その限りでは、苦情調整委員や国保連による助言指導の対象となったのも当然である。ただし、このことをもって運営規準違反(たとえば、本判決も挙げる13条13号イ「少なくとも一月に一回、利用者の居宅を訪問し、利用者に面接すること」)に当然に当たると評価するのは酷であろう。
3 違法行為について
本件でKケアマネの対応に不適切な部分があったとしても、右の運営基準違反の評価に示されるように、介護保険契約の明白な違反(債務不履行)があったとまでいうのは難しいとすれば、本件がそうであるように苦情解決システムを通じて取り組まれるのに適する。
事業者自身による苦情処理(上記運営基準26条)、都道府県国保連による指導・助言(介護保険法176条1項2号)などが法定されているほか、Yのように自治体固有の苦情解決システムが設けられているケースもみられる。
こうした苦情解決システムを重層的に設けることで、利用者側の権利擁護を図ると同時に、サービスの質の向上を図ることにもつながる。
ただし、本年8月まで自治体設置の苦情審査会で住民からのさまざまな苦情に接した筆者の経験からすると、たとえ事業者による必ずしも適切とは言い難い対応が直接の契機であるとしても、利用者側から事業者・行政への不相当に甚大な要求が度重なり、ケアの基本である当事者間の信頼の基盤が損なわれてしまっているのであれば、必要な謝罪等を行ったうえで、事業者側からの契約解除という解決策も、場合により考えざるを得ないように思われる。
4 規制権限不行使の違法
本件では、先述のように事業者に対し違法を主張するのが困難であることから、指導監督すべき立場にあった自治体の規制権限不行使の違法が問われたのではないかとも推測される。
最高裁もこの類型の訴訟で国や自治体の損害賠償(国家賠償)責任を認めている(最高裁平成元年11月24日判決など)。しかし、指導監督権限の行使自体が行政の広範な裁量事項と考えられているなかで、権限不行使の違法はそう簡単に認められるものではない。
たしかに、被侵害利益が生命・身体など重要なものであれば、行政の作為義務は認められやすくなる。しかし本件の原告はA(要介護者)ではなくX(介護者)のみである。このことは、理論的には介護者の被侵害利益とは何かという問題を惹起すると同時に、本件紛争の実態を如実に示すものといえよう。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成25年12月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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