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福祉・介護サービスの諸問題

全30回にわたって、福祉実務に有益な福祉・介護サービス提供に関わる裁判例をお届けします。


<執筆> 早稲田大学 教授  菊池 馨実

第22回:動静確認と安全配慮義務〜骨折事故と賠償責任F〜


事案の概要


 原告X(大正15 年生まれの女性。当時82 歳)は、レビー小体型認知症に罹患しており、それまで入所していたグループホームでの対応が難しくなってきたことから、平成21 年2 月17 日、介護老人保健施設M の運営主体である医療法人Y との間で、利用契約を締結し、M に入所した。X は要介護1 で、シルバーカーを利用し移動していた。
 同月18 日午前2 時40 分、ドンと物音がしたためY 職員が訪室すると、X がベッド横にてシルバーカーを持ったまま座り込んでいたところを発見された。この時、X に外傷などは生じなかった。
 本件事故当日である同月26 日、午後3 時10 分頃から担当のA 介護士はX におやつを提供した。A はX に対し、「今から他の方におやつを配りますから食べていてください。」と声掛けし、他の入所者へのおやつのセッティングや、自身でおやつを摂取できない入所者の介助を行った。その後、A は他の入所者のトイレ介助等をするなどしていたが、X の様子を確認することはなかった。その後、午後4 時までのいずれかの時点で、X は一人でデイルームの自席から立ち上がり、Y 職員の誰にも目撃されることなく自室に移動し、自室で転倒し下顎の両側・中央の3 か所を骨折した。X は入院・手術の後、要介護5 の認定を受け、自宅で介護を受けている。
 こうした経緯の下、X からY に対し、損害賠償を求めて出訴に及んだ。


《地裁判決》             【請求一部認容】


第1 審判決は、以下のように判示し、Y の不法行為責任および債務不履行責任をいずれも認めた。
 「X とY の間の契約内容に鑑みて、Y 職員がX の歩行に必ず付き添う義務まではY にはないと解されるが、しかし、入所者に対して安全配慮義務を負うY が、認知症かつ転倒の危険があるX を預かってその自立的な歩行を認めるという前提に立つ以上は、定期的にX の動静に注意を払うことにより、具体的に予測される危険がある場合には速やかに駆けつけて対処し、実際に事故が発生してしまった場合にも速やかに駆けつけて救助ができるようにしておくことは最低限必要と言える。その意味で、常時X を見守りX の歩行に必ず付き添うことまでは要求されないとしても、定期的にX の動静を確認し、その安全を確認すべき義務がY にはあるということができる。
 どの程度の時間間隔を置いて定期的に動静を確認すべきかは、その時の入所者の状況、予測される危険の程度、人員の配置状況にもより一義的に確定し得るものではないが、本件においては、上記のとおり、50 分間にわたり、X の安全が確認されていなかった。」「50 分という時間間隔は、認知症に罹患している入所者に、何らかの事故の危険が具体的に生じ、又は、現に事故が起こった時に、速やかに駆けつけ、対処ないし救助できることができる時間とは到底言えないところであり、50 分にわたりX を放置してしまったY には、この点で、動静確認を行った過失があるというべきである。」
(福岡地裁大牟田支部平成24年4月24日判決〔賃金と社会保障1591 = 1592号101頁〕)



《高裁判決》              【請求棄却】


これに対し控訴審判決は、以下のように述べ、原審を覆して請求を棄却した。
 「過失があると認められるためには、過失として主張される行為を怠らねば結果を回避することができた可能性(結果回避可能性)が認められることが必要であるところ、転倒はその性質上突発的に発生するものであり、転倒のおそれのある者に常時付き添う以外にこれを防ぐことはできないことからすると、X の動静を把握できないという上記職員らの行為がなければ本件事故を回避できたものと認めることはできない。
 さらに、Y は、X の法定代理人後見人からY に対し、X の転倒防止に留意するようにとの要望がなされたことを踏まえ、X に対し、その歩行時にはシルバーカーを用いて歩行するよう注意し、シルバーカーにおもりを入れてその安定性を確保するなどしていたところ、X には、本件事故以外に、シルバーカー使用時の転倒事故が生じた事実はなかったことからすれば、Y において本件事故に対する予見可能性があったものと認めることはできない。
 よってY 職員らに、X の動静の把握を怠ったことを内容とする過失があったということはできない。」
(福岡高裁平成24年12月18日判決〔賃金と社会保障1591 = 1592号121頁〕)



【解説】

1 はじめに


 本件は、本連載で何度も取り上げた骨折の事案である。日中の時間帯で目撃者がいないなかでの転倒事故である点に事案としての特徴がある。また地裁と高裁で結論を異にしており、非常に微妙な事案である。

2 安全配慮義務違反と付き添い義務


 両判決ともに、「Yが、本件契約に基づき、利用者それぞれの状況に応じて、利用者が事故を起こして怪我をすることのないよう、安全に介護をすべき安全配慮義務を負っている」ことは認めている。問題はその具体的な内容である。
 Xは、Xの歩行の際Yに付き添う義務があると主張した。これに対し地裁判決は、必ずY職員が付き添うべきとすることは、YにおいてXのための専従職員を雇うにも等しく、入所契約の合理的意思解釈としてそうした義務が含まれているとは言い難いとし、またその旨の合意がとくに契約内容になっていたともいえない旨判示した。
 さらに地裁判決は、Xの転倒の危険が具体的に切迫していた等の特別の事情があれば別だとしながらも、平成21年2月18日の転倒事故の態様(外傷や可動域制限もなく、激しい転倒があったとは認められない)に鑑みて、「Xの転倒が何度も繰り返されていたとか、転倒によって現に相当な傷害を負ったことがあったなどの経緯があれば」ともかく、Xがベッド横で座り込んでいたという事実のみでは未だそこまでの必要が生じていたとは言えず、上記の特別の事情はうかがわれない旨判示した。
 本件は施設に入所して10日後の事案である。一般に、アセスメントを行ったとしても、入所当初は利用者の具体的な状況が必ずしも把握できず、事故リスクは高いといえる。しかし、本件事案において、限られた人員で介護に当たるYに付き添い義務まで認めるのは酷であろう。この点の裁判所の判断は妥当である。

3 動静確認義務


 両判決の結論をわけたのは、地裁判決が「定期的にXの動静を確認し、その安全を確認すべき義務がYにはある」のに、これを怠った点に過失を認めたのに対し、高裁判決は「転倒はその性質上突発的に発生するものであり、転倒のおそれのある者に常時付き添う以外にこれを防ぐことはできないことからすると」結果回避可能性がなかった(過失がなかった)とした点である(一般に、予見可能性と結果回避可能性の二要件を充足すれば過失〔注意義務違反〕が認められる)。
 高裁判決の論理を形式的に適用すると、付き添い義務が認められない以上、転倒はその性質上突発的に発生するものであるから、常に結果回避可能性なし(過失なし)との結論に至りそうである。しかしこの結論は施設側を過度に免責することになり、妥当でない。
 他方、地裁判決は、付き添い義務につき、契約上の義務ではないとし、入所翌日の転倒事故の態様から特別の事情の存在も認められないとしたうえで、やや唐突に50分間にわたりXを放置した動静確認義務違反を認めた印象を受ける。付き添い義務違反ではなく、動静確認義務違反の有無を検討するにあたり、入所の際、後見人から「歩行不安定でありシルバーカーを忘れて歩行することもあるので転倒しないよう過ごしてほしい」旨の希望が出されたこと、ケアプランでも「転倒、怪我を防ぐ」ことが掲げられたこと、入所してまだ日が浅く慎重にXの動静に目を向ける必要があったこと、入所翌日の転倒事故はそうした動静確認義務としての注意義務を高める出来事であったことなどを根拠に丁寧に判断していれば、Xを放置した50分の間に動静を確認することで本件事故を回避できた蓋然性は高かったとの結論に説得力をもたせることができたように思われる。

4 行為規範としての本判決


 以上のように、筆者には、理由づけに説得力を欠くものの地裁判決の結論のほうが妥当であるように思われるが、介護現場の目線からすれば、本判決を通じて過失を問われないためにどうしたらよいか、教訓が得られないといわれるかもしれない。
地裁判決を基準に考える(裁判所がこのような判断を下すこともあり得る)べきであろう。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成26年1月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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