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戦略的医療経営について


 全6回に渡って、経営戦略理論を用いた医療機関経営についてお届けします。


<執筆>
国際医療福祉大学大学院教授 羽田 明浩 氏


第2回:地域医療構想において自院のミッション・ビジョンを考える

 第1回でも述べましたが、2025年に向けた社会保障の一体改革による地域医療構想において、病床機能の見直しと医療機関同士の連携強化が図られることは、医療機関にとっては従来の経営戦略を見直したうえで、新たな経営戦略を策定することが必要になります。策定に際しては、そもそもの経営理念・ビジョンの見直しも必要になります。

地域医療構想とミッション・ビジョン

 ここで地域医療構想のおさらいをしましょう。地域医療構想とは「医療介護総合確保促進法」により2025年に向けて医療・介護資源を効率的に活用し、地域において質の高い医療・介護サービスが受けられるように、医療ニーズの内容に応じて医療機関の病床機能の分化と連携を推進することを目的として都道府県が策定するものです。 原則二次医療圏ごとに将来の必要病床数を定めるため、「地域医療構想調整会議」を通して、医療機関相互の自主的取り組みと協議により、病床機能分化と医療連携の推進が図られる過程にあります。
 この過程にあっては、医療機関のこれまでのミッションの見直しと、将来に向けたビジョンの練り直しも必要になると予想されます。
 経営戦略には3つの階層である「全社戦略」、「事業戦略」、「機能別戦略」があります。この戦略の3つの階層を医療機関の経営戦略で表すと、経営母体の医療法人などが立案する「全社戦略」と病院やクリニックなどの医療施設の戦略である「事業戦略」、部門の戦略である「機能別戦略」になります。なお、医療法人が単一の病院やクリニックのみを運営している場合は、「全社戦略」と「事業戦略」はほぼ同一になります。



 経営母体の医療法人の戦略である「全社戦略」は、まず経営理念・ミッションやビジョンを確立することが必要になります。経営理念は、その組織がどのような経営を行うかという基本的な考えを内外に表すものです。この経営理念には抽象的で理念的な目的を謳った「この組織は何のために存在するか」あるいは「組織の中核となる価値観」などを示したものや、組織の創業者の精神や心構えなどのように組織に抱く願望を示したものもあります。そしてミッションとは社会における組織の存在意義や使命のことを表わすものです。



 一方ビジョンとは、組織のあるべき姿である「将来の方向性を構想として示したもの」です。すなわち、「このような組織でありたい」、「このような組織として成長したい」というもので、「現状の姿」と「描いている将来像」のギャップを埋めることでもあり、現在と将来の「架け橋」といえます。
 組織の経営者はビジョンを掲げることで、組織に働く人々を一体化して、経営方針や行動指針等の組織の基本的価値観について定めたうえで組織の成長によって経営目標に向けた経営活動を行います。


●経営理念・ミッションやビジョンの意義

 経営理念やミッションが提供するものは組織の価値観になります。ではなぜ価値観が必要なのでしょうか? それは次の理由からです。まず、経営理念によって組織目標が明確になり職員の働く意欲が共有されること。次に、組織外の関係者に組織の目標を示す役割を持つこと。そして最後に、組織で働く人々へコミュニケーションのベースを提供するからです。これは、同じ価値観のもとで受け取るメッセージほど正確に伝わるためです。
 組織がゴーイングコンサーン(継続企業の概念)として、永続的な存続と発展を計画するならば、組織の基本的な経営方針や経営目的を明示的に確立する必要があります。激しい経営環境の変化にさらされている現代においては、内輪の論理のみでは持続的な発展を望むことは難しくなっており、組織にとってのさまざまなステークホルダー(顧客、従業員、取引先、投資家、地域社会等)に対して組織の経営姿勢を明らかにすることが要求されるようになっています。
 もし、組織が短期的に成長を遂げて繁栄したとしても、利害関係者から共感が得られる経営理念と経営方針でなければ長期的な存続や発展は望めません。ミッション・経営理念やビジョンを掲げることは、組織の経営トップ層以下の組織メンバー全員が理念に適った経営活動を行うことで意味のあるものになります。


●医療機関の経営理念(ミッションとビジョン)

 医療機能評価機構による病院機能評価の評価項目には、病院の経営理念と基本方針を表わしたうえで、病院内組織における周知と、来院患者他への周知があります。そのため、病院機能評価を受審した病院は経営理念の周知が図られているものと思われます。
 ただし、病院機能評価は、経営戦略の3つの階層からみれば「事業戦略」を担う事業部門である病院の経営理念や経営方針を評価したものです。つまり「全社戦略」を担う医療法人など経営体の戦略が、たとえば多角化によって急性期医療から回復期領域、慢性期領域、在宅領域までカバーしている場合には、各病院の経営理念とは異なる法人全体の経営理念の策定が必要になります。


●地域医療連携推進法人にみるミッションとビジョン

 「地域医療連携推進法人」は、医療機関相互間の機能の分担及び業務の連携を推進する目的で、2017年4月以降に創設可能となった法人です。一般社団法人である「地域医療連携推進法人」の社員には、病院を開設する法人や介護事業等を行う法人などが参加することができます。この「地域医療連携推進法人」の設立に際して「医療連携方針」を定めることが必要であり、この方針の中に「理念・運営方針」を謳うことが求められています。
 そのため、「地域医療連携推進法人」に参加する医療法人等では、「この組織は何のために存在するか」、「組織の中核となる価値観」、「組織に抱く願望」他を十分に検討し理念を掲げたうえで、運営方針を定め、さらに参加する医療法人などのメンバーが認識するように周知することが必要になってきます。


●ビジョナリー・カンパニー

 コリンズとポラスは著書(1994年)で、ビジョナリー・カンパニーとは、ビジョンを持っている企業で、未来志向の会社で先験的な企業、業界で卓越した企業であり、同業他社の間で広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業であると述べています。そしてビジョナリー・カンパニーといわれる企業は、カリスマ経営者が活躍する期間を超えた後であっても、先見的な商品やアイデアが陳腐化した後にあっても、ずっと繁栄している企業であると述べています。
 2025年問題に対応した地域医療構想にあって、自院の役割を認識し、地域医療連携の強化と在宅医療の推進を図る過程にあっては、医療機関の経営母体の医療法人等も現在の経営理念・ミッションが地域における役割と合致しているか、2025年の地域医療構想に向けた現在と将来の「懸け橋」であるビジョンが適合しているか、その内容の見直しを図ることも必要になると思われます。


<参考資料>
・Jim Collins & Jerry I, Porras(1994)BUILT TO LAST (山岡洋一訳(1995)『ビジョナリー・カンパニー』日経BP出版センター)
・羽田明浩(2015)『競争戦略論から見た日本の病院』創成社
・羽田明浩(2017)『ナースのためのヘルスケアMBA』創成社
・藤田誠(2008)『経営学のエッセンス』税務経理協会
・厚生労働省 医政局長通達(2017)「地域医療連携推進法人制度について」

※ この記事は月刊誌「WAM」平成29年5月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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