こんな事故が起きました!
M さん(68 歳男性)は身体に障害はありませんが認知症の重い利用者で、老健のショートステイを初めて利用することになりました。初日の夜1 時に夜勤職員が巡回すると、居室にM さんの姿が見えません。夜勤職員は他の職員と協力して朝まで施設内を探しましたが発見できず、翌朝職員総動員で周辺を捜索すると午後2 時に施設から200m 離れた川に転落して亡くなっているところを発見されました。施設長は「見守りもセキュリティも万全でこんな事故は初めてです。どのように抜け出したのか原因は調査中です」と説明しましたが、遺族は施設を相手取って訴訟を起こしました。
事故原因と防止対策
まずこの事故の施設側の過失の有無について検証してみましょう。施設長は「セキュリティが万全なのに抜け出したので不可抗力だ」と主張しているようですが、認知症の利用者が施設を抜け出して事故に遭遇すると、たとえ不可抗力性が高くても過失と認定されると考えなくてはなりません。なぜなら、過去に同様の事故で裁判が起きており、「施設が見守りを怠ったことが行方不明事故の原因である」として、施設の過失責任を認めているからです(※1)。
防ぐことが難しい事故でも過失と認定されてしまうのですから、認知症の利用者の行方不明事故の対策は「迅速に発見して事故に遭遇する前に保護する」という行方不明発生時の対処に重点を置かなくてはなりません。本事例の老健のように見守りやセキュリティを徹底することも大切ですが、どのような対策を講じても完璧に防ぐことはできないのです。
このような視点で本事例を検証してみると、「見守りやセキュリティで防げると過信して、行方不明発生時の対応をルール化していなかったこと」が重大な原因であることがわかります。とくに、遺体が施設付近で見つかったのですから、夜1時にMさんの所在不在に気づきながら、朝まで施設内を探していたという施設側の対応に家族は納得がいかないでしょう。では、どのようなルールを作って行方不明発生に備えたらよいのでしょうか? ショートステイであれば認知症の利用者の行方不明の危険が高くなりますから、以下のようなルールが必要になります。
@所在不明に素早く気づくためのルール
●本入所に比べショートステイは行方不明の危険が高いので、巡回頻度を多くして見守りを強化する。
●ショートステイ初日など帰宅願望の強い日は、とくに見守りの頻度を多くする。
●いつも同じ時間に出かけようとするなど、個別利用者の習慣に関する情報を家族から入手する。
A所在不明に気づいた時の対処ルール
●施設内の捜索は20 分で終わらせ、家族連絡のうえ警察に捜索願を提出する。
●職員だけの捜索だけでなく、施設の周辺地域やタクシー会社や公共交通機関への協力をお願いする。
●地域に徘徊SOS ネットワーク(※2)があれば連絡して協力を要請する。
※ 1…平成13 年9 月25 日静岡地方裁判所浜松支部判例
※ 2…認知症の利用者の行方不明が発生した時、地域で協力して捜索する自治体の仕組み
トラブルを避ける事故対応
認知症の利用者が行方不明になり事故に遭遇すれば、施設は賠償責任を問われる可能性が高いのですから、事故発生直後に施設の過失を認めて遺族に謝罪しなければなりませんでした。また、家族は「施設がM さんの所在不明に気づきながら、迅速に万全の捜索を行わなかったので死亡事故につながった」と考えますから、行方不明発生時の捜索の遅れが重大事故を招いたことについても謝罪しなければなりません。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年5月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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