事例㉟:家庭用加湿器によるインフルエンザ予防に疑問
こんな事故が起きました!
特別養護老人ホームS苑では、昨年8人の入所者がインフルエンザに感染し、本部から防止策を徹底するよう指示がありました。今年は家庭用加湿器を10台増やし、11月から3 月まで全居室でフル稼働することになりました。しかし、1日3〜4回の給水が必要なため職員の業務に負担がかかります。そんな折、業務用加湿器の導入を検討することになりましたが、施設長はコストが大きいと消極的です。そこで、職員で居室の湿度を計測して、居室の加湿効果とこれにかかるコストを比較することになりました。すると、家庭用加湿器では湿度35%程度しか加湿できず、そのコストは稼働期間合計で500万円以上と判明し、業務用加湿器の導入を決定しました。
居室の加湿によるインフルエンザ予防効果
インフルエンザウイルスは湿度の高い環境下では不活性化し、感染防止効果があるとされています。では、どのくらいの湿度でどのくらい効果があるのでしょうか?S苑の居室では最高でも35%程度でしたが、35%の湿度ではどれくらいインフルエンザウイルスは不活性化するのでしょうか?
一般に知られている湿度とインフルエンザウイルスの生存率の関係(下図)でもわかる通り、35%と50%では大きな開きがあります。家庭用加湿器はその加湿力が中途半端で、ウイルスの抑制効果には疑問があるのです。
さらに、居室を加湿することでインフルエンザウイルスを不活性化する感染防止効果は、居室内にウイルスが侵入した時しか有効ではありません。外部から居室にやって来るのは面会の家族や介護職員と限られていますから、居室内での感染リスクは比較的低いと言えます。むしろ感染リスクの高い場所は、多くの人が集まるデイルームや食堂、外部の人が来訪するエントランス付近なのです。
家庭用加湿器の加湿にかかるコスト
S苑は入所120人、短期入所15人の特養と、ケアハウス50人という大型の施設だったので、家庭用加湿器が110台もありました。毎年買い足していくうちに増えてしまったのだそうです。そして、稼働していた家庭用加湿器の稼働コストを計算すると、11月から3月まで合計で510万9900円という驚くべき数字が出てきました。インフルエンザウイルスの抑制効果とコストを比較すると、その効果には疑問がありそのコストと職員の労力は大きすぎることが判明したのです。
実は施設の感染症対策では、その効果が検証されていないために、ムダなところに労力を使っている例がたくさんあります。家族の面会を厳しく制限する一方で、インフルエンザに最も感染しやすい場所は、発症者がたくさん集まる場所なのに、定期受診の病院では待合室で1時間も待たされています。
特養S苑の家庭用加湿器にかかるコスト計算
〇加湿器の稼働状況
◦加湿器の台数:110台(スチーム式80台、ミスト式30台)
◦給水回数と時間:給水回数1台1日平均3回・給水洗浄時間5分
@電気代 861,150円(1カ月172,230円×5カ月)
1カ月電気料金:スチーム式1,872円×80台+ミスト式749円×30台 合計172,230 円
(電力消費量はスチーム式200W・ミスト式80W、電力料金は単価13円/1kWh、24時間30日稼動として計算)
A人件費 4,248,750円(1カ月849,750円×5カ月)
1カ月の人件費:825時間(1カ月の労働時間1日3回×5分×110台×30日)×1,030円 合計849,750円
(平均月収34万円・時給換算1,030円として計算)
※ この記事は月刊誌「WAM」2018年2月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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