こんな事故が起きました!
ある特別養護老人ホームで機械浴の入浴介助を済ませて、ストレッチャーからシャワーキャリーに利用者を移乗しようとしました。このとき職員が足を滑らせて転倒し、利用者が転落し頭部を強打して亡くなってしまいました。事故の原因は浴室床の排水溝の蓋(グレーチング)が、ステンレス製のもので滑りやすかったことでした。この特養は築20 年と古い建物で、あちこちに老朽化による不具合があり、2 カ月前には一斉に点検を実施しましたが、浴室のグレーチングは建設当初から同じ材質だったので、チェックから漏れていました。
事故原因と防止対策
築20年の特養など建物が古い施設になると、建物や設備などに長年の使用による不具合や摩耗などが出て危険な状態になるため、定期的にチェックしてメンテナンスをしなければなりません。これらの長年の使用によって発生する不具合や摩耗などを劣化リスクと呼びます。劣化リスクは不具合や摩耗など、不備が目に見えるものなので、比較的対応しやすいリスクです。
しかし、古い施設にはもう一つ大きなリスクがあります。それは、陳腐化リスクと呼ばれるリスクです。20年前の当時には通常の安全性であった製品が、長期間の安全性の進歩によって現在の製品に比べると相対的に安全性が劣るというリスクです。本事例の事故原因となったグレーチングも、20年前には通常の安全性だったのでしょう。しかし、最近のスーパー銭湯やスパなどのグレーチングは、そのほとんどが樹脂製で表面に滑り止め加工がされています。本施設もグレーチングを新しい製品に買い替えていれば、この事故は防げたのです。
通常製品の安全機能の進歩はメーカーの努力で徐々に進歩しますが、事故や法改正によって突然向上することがあります。例えば介護用ベッドの柵の隙間に首を挟んで死亡する事故が多発したため、2009年のJIS基準の改正で隙間を塞ぐか23.5p以上離すよう定められました。また、最近の車椅子はフットレストが左右に開きますし肘掛が上がります。この2つの機能があると、移乗介助が楽になり安全性も高くなります。私たちの身の回りではこのような陳腐化リスクがいつの間にか発生しますが、問題はその機能の安全性の劣化になかなか気づかないことです。
では、どのようにこの気づきにくい陳腐化リスクに対応すればよいのでしょうか? 私たちは、年1回「危険箇所総点検運動」を4~5月に実施しています。「全職員に危険箇所点検用紙を配布して、1週間業務をしながら気づいた危険箇所をチェックする」という簡単な活動ですが、大きな効果があります。長年同じ施設に勤務している「古株職員」は気づかなくても、新規採用職員や他の施設から異動してきた職員は、「なぜこんな古い車椅子を使っているんだろう?」と新鮮な目でリスクを発見してくれます。年度初めに生まれるこの新鮮なチェックの目を活用しているのです。
トラブルを避ける事故対応
前述のように一見職員のミスに見えるような事故でも、ミスの要因をチェックして改善することは大切です。しかし、事故の被害者の家族にはこれらの事故の誘発要因を説明する場合には配慮が必要となります。事故の被害者は、事故の原因を製品のせいにすることを、「責任逃れ」と感情的に受け取る傾向があるからです。施設内できちんと改善して再発防止に努めればよいのです。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年11月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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