こんな事故が起きました!
利用者のS さんがトイレにいきたいというので、介護職員がトイレに誘導し便座への移乗を介助しました。このとき介護職員はS さんに合うM サイズの紙おむつがないことに気づき、その場を離れ汚物室の収納ボックスに取りにいきました。30 秒後にトイレへ戻ってみると、S さんが便座から転落しており、大腿骨骨折の事故となってしまいました。介護職員は、事故報告書の事故原因欄に「排泄介助中に側を離れたこと」、再発防止策欄には「介助中は側を離れないようにする」と記入して提出しました。
事故原因と防止対策
「排泄介助中は側を離れないようにする」という再発防止策は、果たして有効でしょうか? おそらく、この決意表明のような再発防止策は意味がなく、同じような事故が再発する恐れがあります。なぜなら、「なぜ側を離れなくてはならなくなったのか?」という事故の根本要因が放置され改善されていないからです。現場の介護職員は、事故が起こると“目に見える直接的な原因”だけを思い浮かべて、背後にある事故を引き起こした隠れた要因を探ろうとしません。
この事故の直接原因は、介護職員が介助中に側を離れたことですが、もっと重要なことは「オムツがなかった」という介護職員のミスを引き起こした隠れた要因を改善することです。職員のミスで事故が起きたとき、「注意力不足」などと職員側の要因だけで終わらせず、ミスを誘発した要因は何だろうと考えなくてはならないのです。この直接原因の奥に隠れた根本要因を見つける分析方法を、「なぜなぜ分析」といいます。
たとえば、車椅子のブレーキが緩んでいて移乗介助時に動いてしまい、利用者を転倒させたとします。介護職員は事故原因の欄に「車椅子のブレーキが緩んでいたこと」と書きますが、本当の原因は違います。車椅子の安全点検というルールがないことが奥に隠れた根本要因なのです。本事例ではミスを引き起こした隠れた要因は、「オムツの不足が発生したこと」であり、オムツの不足が起こらないようなチェックの仕組みを作らなければ、根本的な要因は解決されないのです。
では、トイレのオムツの在庫チェックはどのような方法で行えばよいのでしょう? この施設では、まず外食チェーン店の「定時トイレ清掃」のような方法を試してみました。当番職員を決めてオムツ在庫チェック表をトイレに貼り当番がチェックして書き込むという方法です。ところが、この方法は時間と手間がかかり過ぎて無理があることがわかりました。
そこで、ある職員のアイディアでトイレの個室内のオムツの収納戸棚の扉を外してみました。これなら利用者を便座に移乗する前にオムツの不足があれば一目で気づくので、不足していたら隣の個室を使えます(もちろん補充することも大切ですが)。再発防止策も労力ばかりかかる対策は現実的ではありません。
トラブルを避ける事故対応
職員のミスにも多くの場合、ミスを引き起こす隠れた要因があります。これらを改善することは大切ですが、これは施設側の問題で被害者の家族には関係ありません。なぜ職員のミスが起きたのか、ミスを防ぐ対策はどうすべきかを家族に熱心に語る管理者がいますが、いいわけのように聞こえます。なぜなら職員のミスの背後にある要因のほとんどが、業務手順の不備に関わるもので、これらを改善する責任は専ら管理者にあるからです。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年12月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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