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トラブルに学ぶリスク対策

介護現場で起きた事例を踏まえ、原因とその防止策のポイントをお伝えしていきます。



<執筆>
株式会社安全な介護 代表取締役
山田 滋(やまだ しげる)
<プロフィール>
介護現場で積み上げた実践に基づくリスクマネジメントの方法論は、「わかりやすく実践的」と好評。著書に『安全な介護』(筒井書房)、『介護施設の災害対策ハンドブック』(中央法規)など多数

事例R:入浴介助中に浴室を離れ戻ったら溺れていた

こんな事故が起きました!

ある介護老人保健施設のショートステイで、職員のルール違反による溺水事故が起こりました。入浴介助中に職員が浴室を離れて脱衣所へ行き、戻ってみたら利用者が浴槽で溺れていたのです。幸い利用者は自分で浴槽の淵につかまり、無事でした。職員は「自立度が高く10 秒くらい大丈夫だと思った」と言いましたが、施設長は激怒して「“ 入浴介助中に浴室を離れない” というのは、安全ルールなのだから守るが当たり前。今後は違反者には罰則を検討する」と言って厳しく指導しました。

事故原因と防止対策

この事故の原因はもちろん、入浴介助中に浴室から離れた職員のルール違反が原因ですから、施設長が言うようにルールを遵守するように厳しく指導しなければなりません。しかし、ルールを遵守するよう指導し、罰則の検討をすることで、このルール違反による事故の再発を防止できるでしょうか? おそらく、このままでは同じような事故が再発するでしょう。なぜなら、この職員がどうしてルールに違反して浴室を離れたのか、その原因が明らかになっていないからです。

ルール違反が起こる背景には、「職員がルールを知らない」、「職員個人の規範意識が薄い」などのケースもありますが、「ルール違反を誘発する業務上の要因がある」というケースも少なくありません。この職員がなぜ浴室を離れてしまったのか調べてみると、「この利用者がT字カミソリにこだわりがあり忘れてしまったので取りに戻った」ということがわかりました。つまり、ルールに違反した原因は利用者のカミソリを忘れたことだったのです。

この利用者のように、入浴の用具にこだわりのある人はたくさんいますから、入浴の介助で必要な用具も利用者によって異なります。個別の入浴用具の準備を忘れたために「10秒くらい大丈夫だろう」と、取りに戻ることは誰でもありそうです。

ためしに他の職員にもアンケートを取ってみると、驚いたことに「入浴介助中に浴室を離れたことがあるか?」との質問には、ほぼ100%の職員が「ある」と答えました。また、「なぜ入浴介助中に浴室を離れたのか」と理由をたずねたところ、90%の職員が「忘れ物があって取りに戻った」と答えたのです。個々の利用者によって異なる入浴用具を忘れる、という原因を改善しない限り、ルールの運用を厳しくしても同じことがまた起きるでしょう。

入浴介助中に浴室を離れ戻ったら溺れていた

では、入浴用具の忘れ物をなくすためにはどうしたら良いのでしょうか?この施設では、利用者一人ひとりのこだわりの入浴用具を、大きな紙に一覧表にして脱衣所の壁に貼りました。こうすれば、利用者を浴室にお連れしながら、横目で一覧表を見るだけで「あっ、○○さんのT字カミソリを忘れた」と気づくのです。ルール違反が起きた時は、ルールの遵守を阻害している業務上の要因がないかを調べて、ルールを守りやすい業務手順に改善することも重要なことなのです。

トラブルを避ける事故対応

事故が発生した時、原因と再発防止策を家族に説明している施設があり、大変結構なことだと思います。とくに職員のミスが原因で起きた事故に対して「このように改善したので今後事故は起きません」と説明して安心してもらうことは重要です。一方で、再発防止策について「職員の不注意が原因であり厳重に指導しました」と説明する施設がありますが適切ではありません。事故の直接原因の奥に隠れた業務上の要因を改善しなければ、再発防止策にならないことを家族はわかっているからです。同様の事故が再発すれば、さらに大きなトラブルに発展しますから再発防止策の説明にも注意が必要です。

※ この記事は月刊誌「WAM」平成28年10月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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