こんな事故が起きました!
特別養護老人ホームのショートステイで誤薬事故が起きました。契約社員で採用した女性職員が、認知症の利用者に他の利用者の薬を飲ませてしまいました。誤薬した職員はマニュアル通り、利用者の氏名を声に出して読み上げ、他の職員と二人で確認しましたが、それでも間違えてしまいました。職員は施設長に事故報告書を提出して「忙しかったので確認が疎かになってしまった。今後はもっと落ち着いて確認する」と、再発防止策を説明しました。施設長は「確認する前に深呼吸して落ち着くように」と、確認方法をアドバイスしましたが、翌月同じ職員がまた誤薬してしまいました。
事故原因と防止対策
この誤薬事故では、事故原因は「職員が忙しく確認が疎かになったこと」であり、「深呼吸して落ち着く」という再発防止策になってしまいました。誤薬事故は職員のミスが原因のようにみえますから、職員のミスを防ぐことが防止対策のように思えて、職員側の主観的な要因ばかり問題にしてしまうのです。
では、なぜ誤薬の防止対策は毎回「もっと注意深く確認する」などの、職員の主観的要因改善の対策になってしまうのでしょうか?それは「誤薬の原因は職員のミスである」と誤解して、改めて誤薬事故の原因を緻密に分析しようとしないからです。誤薬事故の防止対策の考え方は、ミスの発生防止のチェック手順とミスを発見するチェックの仕組みを作ることですから、ミスの発生プロセスを分析して有効なチェック手順を検討しなくてはなりません。具体的には間違え方を分類して、間違え方に応じたチェック手順を新たに検討するのです。
誤薬の原因分析で重要なことは、間違え方。すなわち「“何を”“どのように”間違えたのか?」を分析することなのです。本事例の場合“何を”間違えたのでしょう。利用者を取り違えたのでしょうか?それとも薬を取り違えたのでしょうか?
AさんをBさんだと勘違いしてBさんの薬を飲ませるのが利用者の取り違えであり、Aさんの薬だと思ってBさんの薬をAさんに飲ませてしまうのが薬の取り違えです。前者の間違いが多ければ、本人確認手順を見直さなければなりませんし、後者の間違いが多ければ薬ボックスや薬袋の氏名確認手順を工夫しなくてはなりません。このように分析すると、このショートステイでの誤薬事故の原因は、前者の利用者の取り違えが多いということがわかります。
次に利用者を取り違えた場合、“どのようにして”AさんをBさんと取り違えたのかを確認して、間違いの発生ポイントを特定します。テーブルへの誘導時に利用者を取り違えているようであれば、本人確認は着席時に行わなくてはなりません。ちなみに、食事前に利用者を取り違えると、食膳も取り違えますから、誤食事故となり食事形態を間違えて誤嚥などの別のリスクにもつながります。どのように間違えたのかも効果的な再発防止策のためには重要な分析なのです。人が犯す間違いは「勘違い」、「思い違い」、「見間違い」、「取り違え」、「聞き違い」と実に多様なのですから。
トラブルを避ける事故対応
誤薬の事故対応で重要なことは、「飲み違え誤薬」と「取り違え誤薬」を区別して対応することです。他人の薬と取り違えて服薬すると最悪の場合、死亡事故に至ります。飲み違え誤薬はかかりつけ医に連絡して経過を観察しても構いませんが、取り違え誤薬の場合は、即受診して“迅速な医療処置”をしなければなりません。また、薬が直接身体に害を及ぼさなくても、誤薬でふらつきが起こり転倒につながることなどがありますから、間接被害の防止対策も講じなくてはなりません。薬の影響が出やすい高齢者ですから、万全の対処が必要なのです。
※ この記事は月刊誌「WAM」2017年8月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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