我が国の合計特殊出生率は2022年に1.26となり、出生数は年間約77万人と過去最低を記録しました。少子化や核家族化が進展するなか、保育所は地域における子育て支援の核として、質の高い保育の提供や、子育て家庭への相談支援といった重要な役割を担っています。
他方、保育業界では近年、有効求人倍率が2〜3前後と高い水準で推移しており、人手不足の状況が顕在化しています。保育士資格を持っていても働いていない、いわゆる「潜在保育士」は約100万人といわれていますが、その多くは過去に保育士として勤務しており、職場における定着が課題となっています。過去に保育士として就業した者が退職した理由をみると、「職場の人間関係」(33.5%)、「給与が安い」(29.2%)に次いで、「仕事量が多い」(27.7%)、「労働時間が長い」(24.9%)があげられています(東京都「東京都保育士実態調査報告書」令和元年5月)。これらのうち、仕事量や労働時間など、労働環境の改善に資する方策の一つが、本稿でとりあげる保育分野におけるICTツール(以下、「保育ICT」)の導入です。
弊社では、令和4年度に「子ども・子育て支援推進調査研究事業『保育分野におけるICTの導入効果及び普及促進方策に関する調査研究』」(以下、「調査」)を実施し、認可保育所、認定こども園(幼保連携型、保育所型)、小規模保育事業(以下、「保育所等」)で働く施設長・保育者を対象としたアンケート及び保育ICTを導入している保育所等へのヒアリングを行いました。これらの調査結果もふまえ、今回から3回にわたって保育分野におけるICT活用を取り上げます。
ICT活用の意義・目的
保育ICTの導入目的は、大きく2つあげられます。1つ目は、保育者の働きやすさや、保護者との良好な関係構築のため。弊社が実施した先の調査においても、保育者の4割以上が、「作成する書類の量が多い」、「印刷・配布スケジュールにあわせて書類を作成することが大変」、「児童票、保護者への連絡など、内容が重複している書類がある」について「そう思う」、「ややそう思う」と回答しました。ICT化の推進は、こうした保育者の業務負担を軽減し、働きやすい職場環境を構築することにつながります。また、連絡帳や写真などを通して子どもの成長を保護者と共有しあうことで、保護者とのコミュニケーションの促進も期待できます。保育ICTは、保育者の時間と心のゆとりを作ることを助ける存在であるといえるでしょう。
2つ目は、保育の質の向上のため。1点目とも関連しますが、保育の周辺業務などの業務負担が軽減されることによって、保育者の本来業務である保育に力を注ぐことが可能になります。保育者が休憩時間とは別に、園児から離れて業務を行う時間を「ノンコンタクトタイム」といいますが、周辺業務の軽減は、そうした時間を確保しやすくなることにもつながります。ICT導入により、保育者が子どもと接する時間や保育を振り返る時間がしっかり確保できること、また、保育者が保護者とともに一人ひとりの子どもとより向き合えるようになることで、保育の質の向上につながることが期待できます。
ICTと聞くと「業務が自動化されてあたたかみがなくなるのではないか」と不安に感じる方も、なかにはいらっしゃるかもしれません。しかし、例えば写真を活用することで、保育者同士の振り返りや計画に活用したり、保護者との間でよりいきいきとした子どもの様子を共有したりすることも可能になります。保育ICTの導入目的は、単にいま行っている業務をデジタル化するというのではなく、そこで生み出された時間や余裕を「保育の質の向上」につなげること、この点を常に見据えることが何より大切といえます(図1)。
図1 ICT活用の目的
ICT活用による効果
それでは、実際にICTを導入した保育所等ではどのような効果がみられているのでしょうか。調査では、回答者をICTの活用状況とその使いこなし度合に応じて、「@ICTの導入・利用なし層(勤務先の保育所等でICTが全く導入されていない、または自身が日頃の保育や業務においてICTを全く利用していない)」、「AICTを利用しているが、使いこなせていない層」、「BICTを日々の業務で利用しており、使いこなせている層」の3層に分けて分析を行いました。
その結果、「@ICTの導入・利用なし層」に比べて、「BICTを日々の業務で利用しており、使いこなせている層」は、日頃の保育において業務の負担感が小さく、残業も少ない様子がうかがえました。また、書類作成等を集中的に行う時間や保育について振り
返る時間を確保できている割合が高いなど、時間の使い方にも違いが現れていました(図2)。
図2 ICT活用による業務負担の軽減
一方、「AICTを利用しているが、使いこせていない層」は、「@ICTの導入・利用なし層」に比べるとおおむね業務負担軽減につながっていますが、「BICTを日々の業務で利用しており、使いこなせている層」より効果は小さい傾向にあり、単にICTを導入するだけでは十分な効果が得られないことが示唆される結果となりました(ただし、何らかのICTを利用しているかどうかによる分析であり、ICTの種別や機能を考慮していない点に留意が必要)。
ICTの導入当初はまだ不慣れで、一時的に大きな負荷がかかる時期もあると考えられます。導入に伴って従来の業務プロセスの見直しを行ったり、機器の操作方法を習得するために研修をしたり、わからないことがあればシステム事業者に問い合わせが必要になることもあるでしょう。使い慣れるまでは、ICTを利用するメリットがすぐには実感しづらいこともあるかもしれません。こうした時期を乗り越え、保育者がICTを抵抗なく使うことができるよう、職場全体での活用に向けた工夫も大切といえます。
保育の質に関しては、ICT導入前後で「子どもの姿・興味について保護者と相互共有できるようになった」、「子どもの成長を身近に感じられるようになった」、「園において、必要な知識・スキルを学べる機会や仕組みが充実した」といった変化を感じている保育者が約半数にのぼりました。保護者との信頼関係の構築や、子どもの成長など保育の楽しさの実感、ICT導入を契機に学びの機会が充実するなど、保育の質向上につながるような変化がみられているといえます。
このようにさまざまな効果が期待できる保育ICTですが、自園のICT導入が進んでいるかという問に対しては、約3割がそう思わない(あまりそう思わないも含む)と回答しました。そこで次回以降では、保育ICT導入のステップやICT活用を進めるためのポイント等について、実際の導入事例とあわせて紹介していきます。
※ この記事は月刊誌「WAM」2024年1月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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