社会福祉法人の情報開示を考える視点
社会福祉法人は、補助金や税制優遇をうけて社会福祉事業を行う特別公益法人であり、納税者である国民から信託されて事業が成り立っている。したがって、利用者・家族、潜在的利用者である地域住民に限らず、ひろく国民に対し法人の業務および財務等を公表し、経営の透明性を確保することが求められる。このことは、本来的に非課税優遇を受ける社会福祉法人の社会的責任と考える。
また、情報開示によって国民のチェックが及ぶことは、ガバナンスの改善にとっても意義がある。社会福祉法人の情報開示に対する姿勢と開示の内容が、国民からみて信頼に値するかどうかが問われるからである。具体的には、正確で信頼性の高い決算書を開示するとともに、事業計画や事業内容、地域貢献などもわかりやすい説明に積極的に取り組むことが要請される。
株式会社においては、資金提供者である株主に対し会社の経営状況について説明責任を果たすことが求められる。他方、社会福祉法人の経営においては、非課税に相応しい公益性の高い経営が実際に行われていることを、納税者である国民に対しても丁寧に説明する社会的な責任がある。利用者・家族、潜在的利用者である地域住民に限らず、ひろく国民も含め、社会福祉法人の経営にとって重要な関わりをもつさまざまなステイク・ホルダー、利害関係者に対して説明責任を果たすことが求められている。財務諸表や事業計画、現況報告書などの開示により、福祉の分野で公益を増進する事業経営が行われているのか国民がわかるように説明することが、社会的な信頼につながる。
説明責任にもとづき情報開示を求める仕組みは、外部から経営に対する監視・規律づけとしても機能し、社会福祉法人の経営者においても国民から信頼を得られる経営を意識させる。これによって、公正かつ健全な経営を心がけ、経営成果の一部を地域に還元するなど、ガバナンスの改善につながる経営実践が期待できる。
経営情報の開示、義務化をめぐる背景
社会福祉法は、社会福祉法人に対して「社会福祉事業の主たる担い手としてふさわしい事業を確実、効果的かつ適正に行うため、…事業経営の透明性の確保を図らなければならない」と定めている。これを根拠にし、福祉サービスの利用を希望する者から請求があった場合に、事業報告書、財産目録、貸借対照表および収支計算書の閲覧を義務づけていたが、国民一般に対し経営情報の開示を求めるものではなかった。
さらには、法人の業務および財務、法人の役員、評議員の氏名等に関する情報開示は、社会的責任を果たす意味でも、社会福祉法人の広報やインターネットを用いて自主的に公表することが望ましいとされてきた。こうした通知によって、財務諸表を自主的に公表する社会福祉法人もあったが、社会的責任として情報開示に積極的に取り組むべきとの認識は、すべての社会福祉法人に必ずしも共有されなかった。各社会福祉法人の判断に委ねるだけでは、当該法人が公益を重視した経営に努めているかを判断するうえで必要な経営情報は適切に国民に開示されないことから、社会福祉法人の経営状況を可視化できる仕組みが必要と考えられた。
社会福祉法人が情報開示しないのであれば、所轄庁に対し、提出されている法人の財務諸表等の開示を求める方法も考えられる。しかし、所轄庁も、情報開示についても明確な義務づけがされていないことから、提出された財務諸表などを公開することには消極的であった。このように、情報公開に対する社会福祉法人の自主的な努力に委ねても限界があり、すべての社会福祉法人に情報開示を求めるには、情報開示の仕組みを法的に整備することが必要であった。
平成18年の公益法人制度改革では、公益財団法人は、国民に対し事業報告書や財務諸表、さらには定款、役員名簿、役員報酬規程の閲覧を義務づけ、さらには貸借対照表の公告まで義務づけられていた。これと比較すると、社会福祉法人制度は、国民に対し経営の透明性の確保が不徹底と評価されてしまいかねない。
規制改革会議の議論をみても、社会福祉法人は財務諸表を公表するのは当然との意見が支配的であった。たとえば、社会福祉法人の財務内容が不明であるにもかかわらず、公費投入・非課税優遇を続けるのは不適切といった指摘もされるなど、経営情報を公開しない社会福祉法人に対し厳しい批判が向けられた。財務諸表などはホームページで公表し、常にそれが見られるという状況をつくることが基本であるとの意見もある。こうした議論を経て、規制改革実施計画についての閣議決定は、すべての社会福祉法人に対し財務諸表の公表を義務づけるよう求めていた。
平成25年度から、局長通知により、事業報告書や財務諸表など、法人の業務および財務等に関する情報について、閲覧に供すること、インターネット・広報等において公表するよう、社会福祉法人に対し求めている。さらには、社会福祉法人審査基準を改正し、すべての社会福祉法人が財務諸表等を公表することを義務化した。
情報開示を徹底する仕組み
社会保障審議会福祉部会においても、社会福祉法人が事業経営の透明性を確保し社会的な信頼を高めるため、これまで以上に情報開示を徹底する仕組みの検討が行われた。部会の検討課題として@備置き、閲覧の対象となる書類、閲覧請求者が公益財団法人等と比較し限定されていること、A財務諸表や現況報告書の公表を通知において義務づけているが、法令上の根拠がないこと、B役員報酬基準、役員区分ごとの報酬等の総額について、公表する仕組みとなっていないことなどが、事務局より説明された。
部会の報告書では、情報開示の方向性として、次のように取りまとめられている。@定款、事業計画書、役員報酬基準を新たに閲覧対象とするとともに、閲覧請求者を国民一般に拡大する、A定款、貸借対照表、収支計算書、役員報酬基準を公表対象とすることを法令上位置づける、Bすでに通知により公表を指導している現況報告書(役員等名簿、補助金、地域の福祉ニーズへの対応状況に係る支出額、役員の親族等との取引内容を含む。)について、役員区分ごとの報酬総額を追加したうえで、閲覧・公表の対象とすることを法令上明記する、C公表の方法については、国民が情報を入手しやすいインターネットを活用する、としている。これを受けて、社会福祉法改正案では「情報の公開」として、定款、財務諸表、現況報告書、役員報酬基準の公表について義務づけた。また、備置きされる財務諸表等の閲覧を請求できる対象範囲も、国民一般にまで拡大した(表参照)。
これまで、所轄庁に提出された財務諸表の表示が不適切であったり、表記に誤りがある場合もみられた。日ごろの会計処理がずさん、財務諸表の内容が不適切と考えざるをえない場合もあろう。所轄庁のチェックにも漏れがあり、誤りが修正されないままになっている例も考えられる。こうした一部の法人の財務諸表も公表されると、国民から財務諸表の誤りがインターネット上で指摘され、社会福祉法人の会計は「ずさんである」、「信頼できない」などの評価が業界全体にまで広がることも考えられ、社会福祉法人制度の信頼までが揺らいでしまう。理事長など経営者はもちろん、理事や監事も、善管注意義務にもとづき会計処理の不正や表記の誤りを発見する責任がある。情報開示を前提とした財務諸表について、会計の専門家の助言を受けながら内部でチェックする体制整備が今後の課題といえる。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年7月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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