第5回:ガバナンス改善により、社会福祉法人の存在価値を高める
ガバナンスの改善と地域貢献
これまでの連載では、社会福祉法人のガバナンスを改善するため、法改正を必要とする制度的な課題として、主として@役員等の責任体制の明確化、A公益性を担保する意思決定機能の強化、B会計監査人の設置など、監査機能の強化、C事業運営の透明性の確保について説明してきた。法改正では、社会福祉法人のあるべきガバナンス体制を法律において定め、これにもとづいた自律的な経営を求めている。自律的な経営とは、行政による監督規制によらず、経営組織の内部で経営者に対する規律づけが確保された体制づくりが行われる経営である。
法改正によって求められている経営課題は、法律に従って所定の組織体制を整えることだけでは十分ではない。実際にガバナンスを機能させて、経営理念にもとづき公益性が担保された経営を実践することが大切である。具体的には、事業経営によって利益が出たならば、社会福祉法人制度の本旨として、利益の一部を地域が必要としている社会福祉事業に再投下する、さらには制度化されていない福祉ニーズにも公益事業として対応することが検討されるべきである。さまざまなステークホルダーから公益性の高い法人として信頼され、法人の存在価値を高める観点からも、ガバナンスの改善に取り組まなければならない。これまでの経営者の意識や発想の転換を求めるためには、公益性の高い経営実践を規律づける評議員会および理事会の役割が大きいと考えるからである。
公益性を担保する財務規律
社会保障審議会福祉部会でも、こうした観点から「業務運営と財務規律」について審議を重ね、利益の一部を地域に還元し公益性を担保する財務規律のあり方を検討した。なかでも問題となったのが、いわゆる「内部留保」の取り扱いである。効率的な経営により収支差額が内部留保として蓄積されることは、健全な事業経営の結果であり、将来の事業拡大に役立てられる原資ともみることができる。
しかし、内部留保がなぜ生まれるかといえば、もちろん経営努力による部分もあるが、補助金や税制優遇による部分も否定できない。民間企業からすれば、収支差額が内部留保される構造に違いがあるのは、競争条件が平等ではなく公正ではないと考えるのは、当然といえる。国民からも、特別養護老人ホームの多額な内部留保に対して「過大な利益をため込んでいる」との批判が寄せられていた。さらには、規制改革実施計画も、内部留保の位置づけを明確化し、福祉サービスへの再投資や社会貢献での活用を促すことを求めていた。
こうしたことから、福祉部会では、公益性の高い法人として社会的な信頼を得るためにも、適正かつ公正な支出管理のルールの検討とともに、内部留保の実態を明らかにし、余裕財産があれば社会福祉の充実に再投下される仕組みが必要と考えられた。
しかしながら、何をもって再投下の対象となる内部留保とみるのかについて、会計上明確な定義やルールがなかった。純資産の部のうち、「その他積立金」および「次期繰越活動収支差額」に計上されているもの、これを「発生源内部留保」として考える立場もあったが、これをすべて再投下可能な余裕財産とみるわけにはいかない。過去に蓄積された利益の一部には、「事業に活用している土地、建物等に投資した資産」も含まれるからである。さらには、事業の継続のためには、将来建替等により支出が必要となる資産なども考慮しなければならない。
福祉部会では、再投下の対象となる内部留保についての議論を重ね、次のような結論に至った。すなわち、「社会福祉法人が保有するすべての財産(貸借対照表上の純資産から基本金および国庫補助等積立金を除いたもの)を対象に、当該財産額から事業継続に必要な最低限の財産の額(控除対象財産額)を控除した財産額(負債との重複分については調整)」を算出し、これを「余裕財産」、すなわち福祉サービスに再投下可能な財産額として位置づけるものとした。そのうえで、再投下可能な財産額がある社会福祉法人については、「社会福祉充実計画」の作成および所轄庁への提出を求め、地域における公益的な取り組みを含む福祉サービスに、計画的に再投下財産を投下することを義務づけた。このように、社会福祉法人の公益性を担保する財務規律として、@適正かつ公正な支出管理、A内部留保の明確化、B福祉サービスへの計画的な再投下についての仕組みを構築し、報告書において提言した。
地域における公益的な取り組みの義務づけ
社会福祉法人に余裕財産がある場合には、これを地域の福祉サービスの充実に再投下することを義務づけるわけであるが、将来の建替えの経費を控除するなど所定の算定式によると、再投下の対象となるほどの余裕財産が蓄積されていない法人も少なくないと思われる。こうした法人には、計画を作成し地域社会に対し利益の一部を還元することは求められていない。
しかし、こうした社会福祉法人であっても、新たに社会福祉事業を実施することはもちろんのこと、公益事業として制度化されていない福祉ニーズに対しても、地域における公益的な取り組みを実施するか否かは、もとより社会福祉法人の法人理念、使命にもとづいたガバナンスに委ねられている。そもそも、社会福祉法人の存在意義を考えると、営利企業等では実施することが難しく、市場で安定的・継続的に供給されることが望めないサービスを供給する役割が重要といえる。たとえば、自治体のセーフティネットを補完し、生活困窮者などに対し「既存の制度の対象とならないサービスを無料または低額な料金により供給する事業の実施」が求められる。本来、こうした役割を担う特別な公的な存在として、特別に補助金の交付や福祉医療機構の融資、税制面での優遇措置が認められている。法人のガバナンスを強化し、社会福祉法人の存在価値を高める経営実践を促すために、社会福祉法の改正法案では、24条第2項を新設し「日常生活または社会生活上の支援を必要とする者に対して、無料または低額な料金で、福祉サービスを積極的に提供する」ことを社会福祉法人の努力義務として定めている。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成27年8月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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