第1回:介護分野のICT化における日本の動向・世界の動向
ICTは役にたたない?
「ICT(情報通信技術)」という言葉を聞いた時に、「おもしろそうだな」と興味を示してくださる方もいれば、「めんどくさいことになりそうだな」、「怖そうだな」と警戒される方もいらっしゃると思います。介護のICT化が言われ始めたのは、最近のことではありません。読者の皆様の職場にも、介護記録を入力するためのタブレット、移乗のための機械、お話ししてくれるロボットなど、「ちょっと試してみませんか」といった形で試験導入されたことが少なからずあるのではないかと推察します。しかし、その多くは、部屋の片隅に置かれたままになり、誰も使う人がいなくなっているのではないでしょうか。
介護の現場は人手不足の状況にあり、経営者の方々も、そこで働くスタッフの皆さんも、常に忙しくされています。そのような現場に、何だか訳のわからない「ICT」なるものが突然やってきて、「さぁ、使ってください!」と言われても、困ったことになるだけです。
しかし、一方で、本当に使いたいものであれば、人間はなんとか使いこなしてしまうという面があります。90歳近い高齢者が、孫と連絡をとりたいがために、スマートフォンを使いこなし、LINEアプリでチャット(オンラインの画面上でかわす会話)するというのも、まれな例ではありません。ICT導入は目的ではなく、実現したいニーズや解決したい課題があってこそのICT化であるということを前提に考えていかなければならないと思っています。
介護分野のICT化の必要性
介護分野のICT化が言われはじめた背景には、高齢化や医療の高度化を要因とした社会保障費の増大があります。年々増加する社会保障給付は100兆円を超える状況にあり、ヘルスケア分野(健康・医療・介護)の改革は、わが国の持続的な成長にとって最重要の課題となっています。医療・介護分野で提供されるサービスの質を維持しながらも、効率的な運営をすることが求められ、そこにICTが大きな役割を果たせるのではと期待が高まっています。
さらに、地域包括ケアシステムの導入もICTの必要性を高めています。地域包括ケアシステムは、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、利用者・患者を中心に「住まい」、「医療」、「介護」、「予防」、「生活支援」が一体的に提供される仕組みとなっています。医療と介護の垣根は低くなり、多くのステークホルダーが関わることになれば、それらの間の情報共有がスムーズに実行されなければ、利用者・患者本位のケアは不可能であり、そこにもICTの可能性が広がっています。
我が国における動向
我が国では、ヘルスケア(健康・医療・介護)分野でのICT活用を積極的に進めるために、さまざまな施策が打ち出されています。
安倍政権では、アベノミクスと言われる施策を打ち出し、経済成長を優先させた政策を推し進めてきました。アベノミクスのベースとなる政策が、@大胆な金融政策、A機動的な財政政策、B民間投資を喚起する成長戦略の「三本の矢」と称する基本方針です。健康・医療・介護の分野については、「国民の関心の高い健康分野については、「日本版NIH」の創設や先進医療の対象拡大によって革新的な医療技術を世界に先駆けて実用化していくとともに、一般用医薬品のインターネット販売の解禁や、医療・介護・予防のICT化を徹底し、世界で最も便利で効率的で安心できるシステムを作り上げる」と掲げられました。
この方針は現在も継続しており、2016年6月に発表された「日本再興戦略2016」でも、世界最先端の健康立国を実現するために、医療・介護等分野におけるICT化の徹底やロボット・センサー等の技術を活用した介護の質・生産性向上といった施策を講ずるべきとしています。
2016年10月には、厚生労働大臣の下に設置された「保健医療分野のICT活用推進懇談会」の提言が発表され、ICTの技術革新を徹底的に取り入れたインフラを整備し、保健医療分野のデータ活用を進めるという基本的な考えを示しました。その上で、最新のエビデンスや診療データをAI(人工知能)を用いてビッグデータ分析し、現場の最適な診療を支援する「次世代型ヘルスマネジメントシステム(仮称)」、個人の健康なときから疾病・介護段階までの基本的な保健医療データを、その人中心に統合し、保健医療専門職の間で共有するだけでなく、個人自らの健康管理に活用する「患者・国民を中心に保健医療情報をどこでも活動できるオープンな情報基盤PeOPLe(仮称)」、PeOPLeや目的別データベースから産官学の多様なニーズに応じて、保健医療データを目的別に収集・加工(匿名化等)・提供する「データ利活用プラットフォーム(仮称)」の3つのインフラを構築し、2020年までに運用が開始されることになっています。
この提言に基づき、2017年1月には厚生労働省内に「データヘルス改革推進本部」が設置され、健康・医療・介護の分野横断的なICT活用が大きく動きだしています。
欧州での動き
ヘルスケア分野のICT化は、日本だけの話ではありません。日本に先駆けて高齢化に直面した欧州でも、積極的に取り組まれています。
65歳以上のEU人口は今後50年間で2倍になり、80歳以上の数はほぼ3倍になると推計されています。平均寿命は長くなりますが、健康とはいえない期間が人生の約20%を占めることになります。「長生き」ではなく、健康的で活動的で自立した生活を送ることができる老い方(Active and Healthy Ageing)がどのようにすれば可能となるのかといった問題は、すべてのヨーロッパ諸国が共有する社会的課題であると認識されています。ただし、高齢化をリスクとして捉えるのではなく、機会として捉えることもできるとしているのが、EUの特徴です。EU諸国が、高齢化という課題に対して革新的なソリューションを提供できれば、グローバルリーダーとしての地位を確立するチャンスともなります。
EUでは、健康で活動的で自立した老い方を促進することを目指し、その主要な目標として、2020年までにEU市民の平均健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)を2年延長するとしています。そのためのパイロットイニシアティブ「European Innovation Partnership on Active and Healthy Ageing(EIP on AHA) 」を立ち上げ、ICTを活用した取り組みも多数実施されています。
第2回以降では、国内・海外の具体的な導入事例、ICT化に伴う課題、導入のポイントなどについて解説していきます。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成29年4月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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