第6回:ICT化を進めるポイントと科学的介護の実現
ICT化を進めるポイントは
介護分野のICT活用について書いてきた本連載も第6回が最終回となります。最後に、ICT化を進めるポイントを整理します。
ポイント1 現場の潜在的なニーズ・課題の汲み上げ
介護の現場に、新しいシステムやロボット等を導入することは「目的」ではありません。本当の目的は、そこで働くスタッフ・利用者さんが感じている現場の課題や要望を解決することにあります。そのためには、どのような課題や要望があるのかを明らかにしていくことが最初のステップとなります。しかし、「何か困ったことはありますか?」、「欲しいものはありませんか?」とお聞きしても、なかなか具体的な回答を得られません。iphone などの製品で有名なアップル社の創業者スティーブ・ジョブズの名言のひとつに「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。」という言葉があります。顧客や消費者は「自分の真のニーズを言語化できない」ということを的確に表した一言であり、やみくもに聞いてみても、潜在化しているニーズ・課題はなかなか浮かび上がりません。
スタッフや利用者へのアンケート調査やインタビューを実施することもひとつの方法ですが、最近は「行動観察」という手法が注目されています。行動観察は、観察員がサービスの現場に入り込み、そこで働くスタッフ・利用者の無意識の行動や、当事者には当たり前すぎて気づいていなかった事実などを定性的に捉えることで、自分自身でも言語化できない潜在的なニーズや課題を明らかにします。調査対象者に体の動きや移動状態を把握できるセンサーを付けることで、行動観察自体をICTで支援することも可能ですので、こういった面からの活用も検討してみてはいかがでしょうか。
ポイント2 介護の現場とICTの両方の言葉がわかる人材の育成
現場の真のニーズ・課題が明らかになれば、これを解決するためにどのようなICT機器・サービスがふさわしいかの検討に進みます。ここで問題となるのが、介護現場のスタッフはICTベンダーの話す言葉がわからない、逆に、ICTベンダーは介護現場のスタッフの話す言葉がわからないということです。社内システムなど「小難しいこと」はICTベンダーに一切お任せしているケースも多いかと思いますが、とくに介護ロボットなど、実際のケアの現場で利用するような場合は細かい要望を伝えていく必要があり、共通言語がなければ、意思疎通が遅々として進まずという状況に陥る可能性があります。
ICTベンダー側に介護の専門知識をもった方を配置してもらう方法もありますが、皆さまの組織のなかに、介護分野とICT分野のそれぞれの言語がわかる人材を育成することも必要となるのではないでしょうか。子どもの頃からコンピュータやスマホを使ってきた若いスタッフのなかには、適性をもった人材も多数いらっしゃることと思います。自らが主導権を持つことで、より現場のニーズや課題にマッチしたICT化を進めることができるはずです。
ポイント3 機器やサービスの使い勝手の検証
ICT機器・サービスの選択の際には、それらの使い勝手(アクセシビリティ・ユーザビリティ)の検証も重要です。「使い勝手」というのは、実はとても難しいもので、利用する場面や利用する人によっても異なります。ロボットの動作スイッチを押すという行為を考えた場合、若いスタッフは意識なく利用しても、高齢の利用者にとっては、スイッチの形状が小さくてうまく押せなかったり、スイッチを押した時に「ピッ」という音や押し込んだという感覚のフィードバックがないために、何度も押してしまう行動が発生するかもしれません。機器の状態を表示する液晶画面がついていても、それば小さければ、老眼が進んだスタッフは、その文字が読みにくく、記録への転記ミスにつながるかもしれません。使い勝手の問題は、細かいようではありますが、積み重なれば、スタッフ・利用者にとって大きなストレスになり、製品事故につながる可能性もあります。
新しいICT機器やサービスを導入する場合には、必ず、それらを実際に利用する人々が、実際の利用場面での使い勝手を検証し、そのまま導入して利用できるのか、どこか改善してもらう必要があるのか、あるいは、別の機器やサービスの方がよいのではないか等を検討することで、その後の現場での定着が大きく左右されることになります。
ポイント4 業務のプロセスの見直し
新しいICT機器・サービスを導入した場合に、業務プロセスの一部を、そのまま置き換えればよいということは稀です。無理に置き換えれば、逆に作業が増えたり、手順が煩雑になることもよくあります。導入をきっかけにして、ぜひ業務プロセス全体の見直しをしてみていただければと思います。例えば、A→B→Cという業務プロセスにおいて、Bの部分に新しいICTを導入して’Bにしたところ、A→’B→Cではなく、次の業務プロセスDとつなげると、Cは不要な作業となり、A→’B→Dで効率的なプロセスになるということもありえます。
毎日行う業務はルーティンワークとなり、「こういうものだ」という思い込みから、その進め方を改めて見直す機会もないままに繰り返してしまうことが多いものです。部分最適ではなく、全体最適を考えることで、「気づき」が生まれ、業務の効率化をもたらすはずです。
ポイント5 補助金・調査研究委託等の活用
ICT化を進めるうえで、一番の頭の痛い問題は費用をどう捻出するかということですが、今は大きなチャンスの時でもあります。政府は、医療・介護等分野におけるICT化の徹底やロボット・センサー等の技術を活用した介護の質・生産性向上といった施策を打ち出しており、これに関連する補助金や調査研究委託が多数でてきています。
例えば、「地域医療介護総合確保基金」は、都道府県が作成した計画をもとに事業を実施する補助事業ですが、対象事業にはICTを活用したものも認められています。
「介護ロボットの導入支援及び導入効果実証研究事業」は、介護施設等に委託して実証研究を行い、研究データを収集・分析するものですが、設備費として上限200万円、調査費30万円が委託費として支給されます。介護ロボットの普及促進のため、機器を購入する事業所に補助を行う「介護ロボット導入支援事業費補助金」は、補助率1/2以内(機器1台につき上限10万円)で補助金が支給されます。
最新の情報を確認していただければと思います。
科学的介護の実現へ
介護分野のICT化は、「未来投資会議」での安倍首相や塩崎前厚生労働大臣の発言からも、強いリーダーシップで進んでいくことは間違いありません。厚生労働省が示したデータヘルス改革の全体像では、@最先端技術の活用、Aビッグデータの活用、BICTインフラの整備の3つの方向性が示され、「科学的介護の実現」という新たなキーワードがでてきました。
科学的に自立支援等の効果が裏づけられた介護を実現するため、科学的分析に必要なデータを新たに収集し、世界に例のないデータベースをゼロから構築し、その分析により、科学的に自立支援等の効果が裏づけられたサービスを国民に提示することを目指すものです。
これらのエビデンスは、介護報酬改定の検討にも利用されることになります。例えば、介護に係わる人員配置基準は、業務システムや介護ロボット等を導入していても人員を減らすことはできませんが、平成30年度介護報酬改定に向けた議論が行われた社会保障審議会介護給付費分科会では、「ロボット・ICT・センサーを活用している事業所に対する報酬・人員基準等のあり方」も検討課題のひとつとしています。実際の介護の現場で蓄積されたエビデンスを武器として、よりよい制度となるような改善を求めていくことも重要であると考えています。
※ この記事は月刊誌「WAM」平成29年9月号に掲載された記事を一部編集したものです。
月刊誌「WAM」最新号の購読をご希望の方は次のいずれかのリンクからお申込みください。