第2回:介護現場におけるICT機器導入に向けた手順(前半)
本稿では、介護現場におけるICT機器導入に向けた手順について、2回に分けて記載してまいります。今後の介護現場においては、生産性と業務品質の両観点において、ICT機器の導入が必要になりますが、導入の際には緻密な合意形成や計画策定が求められます。社会福祉法人善光会では、導入する手順として5つの項目(図1)を段階的に設けています。今回は、このうち、「意識の共有」、「課題設定」の2つについて、内容をご紹介いたします。
意識の共有
介護現場にICT機器を導入するためには、導入方針の意思決定がトップダウンであるかボトムアップであるかを問わず、まず介護現場における業務改善意識を醸成しなくてはなりません。そのためには、まず管理者から現場職員までが参加する業務改善のための委員会の立ち上げが必要になります。業務改善委員会では、管理者がもつ人事や経理に関する経営的視点と、現場職員がもつケアの質や人手不足に関する現場視点のそれぞれを突きあわせることで、現場における課題とその解決方法について多角的に議論を交わします。
課題設定
● 理想的な介護オペレーションの可視化
業務改善委員会の設置後は、日常的にどの時間にどの程度の介助量が必要であるかを把握するため、24時間シート(表1)等を活用した、理想的な介護オペレーションの可視化を行います。24時間シートには、現在ケアを実施できているかどうかを問わず、個々の利用者の標準的な1日の流れと各生活項目において「利用者が自分でできること」や「介護職の支援が必要なこと」を記入します。もちろん、利用者の1日の生活サイクルは変動的ですので、内容は大まかな記載になりますが、24時間シートの記入を最後まで行うことで、利用者に提供するべきサービス像は職員間で定量的に把握されるようになります。
●人員配置の最適化
24時間シート等の記入後は、ユニットリーダー等がサービス提供の時間軸に基づいた人員配置案を作成します。あくまで一例ですが、図2は特別養護老人ホーム(1ユニット10人)における人員配置案です。この案は、介護保険法に定められる施設型サービスの人員配置基準3:1(利用者3人に対して介護職員1人)を下回らずに、自施設の人員配置を適正化することを意識して作成されています。
図2では、日中の1ユニットに常駐職員1人と2ユニットを担当しながら柔軟に動くユニット応援職員を配置して、夜間は2ユニットに1人を配置する体制を構築しています。この場合、日中は1.5人、夜間は0.5人の介護職員が1ユニットの中で10人の利用者のケアを行うため、理論上ですが、人員配置比率は約3:1になります。ちなみに、この人員配置比率はあくまでも利用者と介護職員の比率の目安であり、この人員配置比率で施設運営を目指すものでないことはご理解ください。
●課題のある介護項目の検討
人員配置案の最適化は介護職員のサービス提供に効率化をもたらす一方、余力労働量が少ないことによる残業時間やヒヤリハットの増加を生じさせる可能性も秘めています。こうした事態が発生してしまう場合には、どの業務項目のサービス提供において高い負荷がかかっているのかを特定する必要があります。業務改善委員会のメンバーは、主観的な見解と介護記録や報告書の客観的な記載事項を踏まえながら、改善項目の特定に向けた議論を実施していきます。
●課題における解決方針の決定
業務の改善項目の特定後は、何名かの利用者の介助場面をサンプルとして、該当項目における詳細な作業内容ごとに、どの程度の時間が費やされているのかを把握していきます。これを実現するためには、工程表(表2)の作成が有効な手段となります。本工程表は、「工程名」、「工程内容」、「費やした時間」を記入できるように構成されるため、各工程において削減可能な箇所を客観的に検討する材料となり、これによって介護ICT機器の導入も検討されます。
本工程表から介護ICT等の導入を検討する手段についてはいくつかの方策があるものの、表2の例の場合、排泄介助中の介護職員が他の応援職員を呼ぶために2回居室を離れている点は着目するべきでしょう。なぜなら、これは先にあげた業務時間の延長やヒヤリハットの発生につながるためです。したがって、「介助現場を離れずに応援を簡単に呼ぶ方法」が介護ICTの導入によって実現可能であるか、検討の一つとしてあげられてもよいかもしれません。
ここまで、介護現場におけるICT機器導入に向けた手順の前半部分について記載しましたが、本稿の内容は数ある手法のうちの一つとしてご理解いただけたらと思います。介護オペレーションは有機的な変化を遂げるため、業務分析による業務の一般化にはある程度の限界があります。また、現実には特定の介護ICTの効果を先んじて見込んだうえで、業務分析前に介護ICTが導入される場合もありますので、そうした意味でも、ここで紹介した導入手法は一例であるといえるでしょう。しかしながら、地道な段階を経て施設にICT機器を導入することは、関係者間における合意形成に大きな貢献を果たすと同時に、結果的には導入機器が長期的かつ確実に使用されることになると、善光会は自施設への導入や他施設のご支援を通して実感しています。そのため、ぜひ本稿で記載した導入プロセスについても、ご参考にしていただけますと幸いです。
※ この記事は月刊誌「WAM」2022年11月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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