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人材確保難時代の経営戦略について

 全6回に渡って、「人材」をテーマにお届けします。


<執筆>
 社会福祉法人伸こう福祉会 理事長 足立聖子 氏
米国ウィスコンシン大学社会学老年学専攻B.A卒業後、製薬会社勤務を経て、2000年社会福祉法人伸こう福祉会(神奈川県)に入職。「特別養護老人ホーム クロスハート栄・横浜」施設長、「横浜市屏風ヶ浦地域ケアプラザ」所長等を経て、2010 年同法人理事長に就任。2014 年優れた社会企業家を発掘・支援する「シュワブ財団」による「社会企業家2014」に同法人創業者とともに選出。


第4回:職員の定着のために経営者ができること

 前号では、職員の採用と育成に関してお話しましたが、今回は職員の「定着」についてお話します。
 人材難の背景には、採用が困難であるという事実があると同時に、せっかく採用した人材がなかなか職場に定着せずに短期間で退職してしまう「離職」の問題があります。介護労働安定センターが実施した「平成30年度介護労働実態調査」によると、直近では介護業界の離職率は15・4%で、採用率は18・7%です。離職率は過去5年間で徐々に減少傾向にあります(図)。

離職率は過去5年間で徐々に減少傾向

「処遇の改善」のみが離職防止策ではない

 介護労働安定センターのレポートでは、離職率減少の理由として「雇用管理改善の取組みが進んでいる」としています。確かに、ここ数年福祉業界でも「働き方改革」に取り組む法人が増えましたし、介護職員処遇改善加算等の導入によって介護職の給与も上がりました。ただ長期的に見ると、処遇改善は離職を防止する方法であるとは思えません。処遇改善加算も将来的にはなくなってしまうかもしれませんし、この制度は職員を自法人に繋ぎ止める「オリジナルの強み」にはなり得ないのです。では、職員の離職を防止するために、必要なこととは何か?その答えは意外とシンプルなものだと思っています。法人のトップが、職員に対してしっかりと方針や想いを「伝え」、声を「聞き」、そして一人ひとりの職員に「目をかける」ことです。
 この3つについて、具体的な例とともにみていきましょう。

「伝えること」の大切さ

 まずは「伝える」についてですが、これはいくつかの方法があります。一番の基本は法人の理念や方針をスタッフに「伝える」ことです。「理念」とは、その組織が存在する理由や目的ですから、理念を知ることにより、職員は組織がどんな目的で存在し、その一員として自分は「なにを実現するために」日々仕事をしているのか?を知ることができます。実際には、法人の理念を日々念頭において仕事をしている方は多くないと思いますが、前述の介護労働安定センターによる「平成30年度介護労働実態調査」によると、介護の仕事を辞めた理由の上位は、職場の人間関係(22・7%)、結婚・出産・妊娠・育児のため(20・3%)、他によい仕事・職場があったため(17・6%)そして法人や施設の理念や運営のあり方への不満(16・5%)が入っています。職場の人間関係や家庭の事情については、法人の経営トップが介入することは難しいと思いますが、理念や方針を伝えることは、まさに経営トップの仕事なのです。
 当法人では、全職員に対して毎年「品質方針書」を配布しています。ここには、法人の理念やこれまでの歴史、職員の方々に守っていただきたいルールなどが書かれており、年齢の高い方や外国籍の方にもわかりやすいように、なるべく平易な言葉とイラストを使い、大きな字で表記しています。そして内容を説明する研修を、全職員を対象に実施しています。このほか、毎年の予算や事業計画は「経営計画書」として管理職以上に配布しています。職員に対して、日々の仕事は「何を実現するために(理念や方針)」やっており、それが「どうなったか(結果)」を伝えていくことはとても大切なことです。

職員の声を「聞く」とは?

 実は「伝える」、「聞く」、「目をかける」の3つのなかで、私が一番大切だと考えており、実際に力を入れているのは「聞く」です。
 当法人では、入職後1カ月経った時点で、必ず全員に対してアンケート調査を実施します。そのなかで「入職前に聞いていた情報と、実際の勤務の実態に差異はないか?」、「困っていることはないか?」を聞きます。回答の内容によっては、すぐに本部の人間が本人に連絡し、必要に応じて問題解決に向けて動きます。
 また、各施設の入り口には鍵付きの「理事長への手紙BOX」が設置されており、その中には誰でも書簡を入れることができます。1カ月に一度、外部の業者さんが開錠し、中に入っている手紙を私のところに直接手渡しで届けてくれます。投函された手紙は、理事長である私のみが目を通し、それ以外の職員の目には一切触れません。匿名で書かれた手紙はそのままですが、記名があったものについては、必ず私自身が返事を書くという約束になっています。この箱には個人の悩みから、職場の現状に対する危機意識、利用者からの苦情など、さまざまな内容が寄せられ、私自身の経営上の方向づけに大きく役立っています。
 さらに毎年全職員を対象とした「職場満足度調査」の実施と、各職員に翌年度の配属や業務の希望を記入してもらう「キャリアデザインシート」の配布と回収をしています。これらの内容を確認することで、各職員の現在の心境や法人に対する期待について、把握することができます。
 ここで、ひとつ経営側が気をつけなくてはならない重要なことがあります。それは「聞いた以上は、責任が生じる」ことです。職員は意思表示をした瞬間から、法人が受け止め、対応してくれることを期待します。もし無視されたら、自分の存在をないがしろにされていると感じますし、法人への感情はむしろ悪くなることでしょう。ですから聞いたことについては、必ず応える(もし無理でも、せめて答える)ことを怠らないでください。

「目をかけている」ことを知らせる

 法人の規模に関わらず、ぜひ経営トップの方にやっていただきたいのは、職員一人ひとりに「あなたを大切に思っているよ」という個別の対応をすることです。以前、ある職員から「法人で働くすべての主婦のパートさんにハガキでお礼状を書きましょう! ハガキがご主人やお子さんの目に触れて、『お母さんは、職場でもこんなに頑張っているんだな』って思ってもらえるように、とびきりの感謝の言葉を添えてくださいね」というアドバイスをもらったことがあります。実際にやってみて、これは非常に好評でした。ほんの一言「いつも感謝しています」という手書きのメッセージを入れただけで、驚くほど皆さん喜んでくれたのです。今では毎年、職員全員にひとことメッセージとともに誕生日カードを送るようになりました。
 そこからさらに発展して、職員のお誕生会を毎月やるようになりました。月に一度、その月に誕生日のある職員が法人全体から集まり、一緒に食事をしたり出かけたりします。始めて5年目となりますが、日頃は会う機会の少ない他の事業所の職員とも会える貴重な機会であり、またメンバー同士が仲良くなって、それが離職防止に一役かっていると聞いたことがあります。
 いろいろとやってはいますが、それでも離職率は14%で、決して低いわけではありません。しかし、当法人の退職者全体の2割ほどは数年のうちに戻ってきます。「他の法人に移ってみたけど、やはり伸こう福祉会が良かった」そう言って戻って来てくださる方がいると、本当に嬉しくなります。そのためにも、当法人では退職者に対して、もちろん一度慰留はしますが、必ず「またいつでも戻っておいで」と温かく送り出します。職場でもあまり大げさな「送別会」はしません(かえって戻って来づらくなりますから)。そして、退職後も施設のイベントに招待するなどして、1年に1度ぐらいは連絡をとります。一度スタッフとしてご縁があった方は「ファミリー」として、離れてもずっとお付きあいが続くことも珍しくないのです。
 離職防止策は職員が入職したその日から始まり、退職した後までずっと続きます。将来的にどんどん労働人口が減っていく日本では、職員こそが一番の法人の財産ですから、大事な「人財」を守るためにぜひ、経営トップが力を尽くしてください。

※ この記事は月刊誌「WAM」2020年1月号に掲載された記事を一部編集したものです。
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