働き手が減り利用者も減る未来
総務省のデータによると、日本社会はすでに2008年をピークに総人口が減少に転じています。生産年齢人口(15?64 歳)に注目すると、2017年に7956万人いた働く世代が、20年かけて2000万人減少し、2040年には5978万人になるという推計(※1)があります。
一方、内閣府のデータによると、高齢者の人口も2042年をピークに減少に転じるという推計(※2)もあります。
すでにスタッフの確保ができずに、稼働したくても稼働できない空床を抱えている施設の話も耳にしますが、この2つのデータに基づけば、スタッフの確保はますます困難になる一方であり、20年後には高齢者が減り始めるわけですから、利用者の確保も困難になる状況が必ずやってくるということになります。いまのままではより一層経営環境は厳しくなってしまいます。皆さんの組織が20年後も30年後も、利用者・スタッフ・関係者を幸せにする事業者として地域に貢献することを展望するとしたら、持続可能性は「緊急ではないが重要」なテーマです。
(*1)…
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd101100.html
(*2)… https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_1_1.html
20年後の経営を担うのは、誰か?
本稿は、人づくり・組織づくりがテーマですから、そこに照準をあてながら、20年後も経営が持続されている未来に向けて、いろいろと考えていきましょう。
20年後の経営環境など未知数ですから、計画がまず存在しないでしょう。経営計画がなくても、下記の問いに答えてみてください。
Q1:20年後、あなたは何歳ですか?
Q2:20年後、あなたはいまの勤務先にいますか?
本稿を読まれている方が50代でも20年後は70代ですね。経営者なら、まだまだばりばりやっているかもしれませんが、一従業員なら定年退職を迎えていなくなっているかもしれませんね。では、もう一問。
Q3:あなたの勤務先は、20年後の経営を、誰に担わせるつもりで、いま、経営を行っていますか?
まだ1代目という経営者も多くいる業界ですから、創業10年に満たない事業所の経営者は、代を継ぐことはまだ視野にも入れていないかもしれません。すでに、2代目・3代目である経営者もまた、20年後のことはまだぼんやりしている人がほとんどではないでしょうか。
「誰に継ぐかなんて考えている余裕はない」という人も、「自分の代で完結させるつもりだから考えていない」という人も、この機会に、ぜひ一緒に立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
現在のスタッフでどこまでやれるか?
私はかつて、訪問介護事業所の管理者を任されていた時期がありました。小規模な事業所で、常勤スタッフは2・5人、登録ヘルパーは13人で、ギリギリの運営をしていました。
現場は回せていましたが、登録ヘルパーの平均年齢が50代前半でしたので、誰もやめずに働き続けたとしても、新しく若手の職員を採用できなければ、10年後には平均年齢が60 代前半になってしまうことは明らかでした。そのため、20年後の経営は明るいとはいえない状況でした。
常勤職員を増やせるほどの営業成績ではありませんでしたので、「若手の登録ヘルパーの採用」が経営課題としてあがりました。しかし、利用者の入院等の影響があると収入が変動するため、時給が安くても安定している通所系サービスには応募があっても、登録ヘルパーへの応募はやはりなかなか得られませんでした。
そこから常勤スタッフとペルソナ(※3)をつくり、広告媒体も検討した結果、30代、40代のスタッフを少しずつ採用できるようになり、1年後には平均年齢40代前半にすることができ、一定の経営課題の達成を図ることができました。
(*3)… サービス・商品の典型的なユーザー像のこと。ここでは採用したい人物像の詳細な設定
経営の「パートナー」か、それともただの「従業員」か?
介護保険制度では人員基準が定められているため、経営者であれば、まず人員基準を満たしているかどうかには関心を向けていることでしょう。
ただ、経営者がその人数しかみていない場合は、往々にして現場と軋轢が生じがちです。常勤換算では同じ「1」であったとしても、ベテランの「1」と、新人の「1」はイコールではありません。コストは同じでも、職場にもたらす影響の大きさが違うことを無視できないのが、一緒に働くスタッフの実感です。
同じ感覚を経営者がもつことはできなくても、「ベテラン1人の退職がもたらす影響」を想像することはできるでしょう。そうした想像力を経営者や管理者が働かせていると、「おつかれさま」、「いつもありがとう」、「気をつけて帰ってね」と、労いの言葉も感謝の言葉も自然と湧いてくるでしょう。
スタッフが「(経営者や管理者は)自分たちのことをみてくれている」と感じられれば、事業所への所属意識も高まりますし、上司や同僚に貢献しようという意識も高まります。
これは全職員のなかにパートナーシップが広がっていくプロセスの一つです。決して、パートナーシップは雇用関係があるから自然と芽生えるというものではありません。それを大切にする人々がいてこそ芽生えて、広がっていくものです。
1on1ミーティングでパートナーシップを深める
いま、グーグル、マイクロソフト、ヤフー等の企業では1on1ミーティングが導入され、注目を集めています。
1on1ミーティング(以下、1on1)とは、上司と部下が1対1で行う対話のことを言います。スタッフの前進や成長につなげていくために、1回15分〜30分、週1回〜月1回の頻度で、こまめに1対1の対話を重ねるのです。これまでは、半期ごとの人事考課のための面談が主流でした。そのため上司と部下の面談は、「評価」が主軸にありましたが、1on1では、結果だけではなく、プロセスやその時々の感情も共有するので、信頼関係を育めますし、こまめにフィードバックができるような関係性を培うことにも一役買っています。
ただ、1on1を導入しようとしても、介護現場で介助にあたる職員には、それほど時間的余裕もありません。仮に、型通りの1on1を仕組みとして導入できなくても、以下の内容で対話する機会を持ってみることから始めてみてください。
●経営理念の具象について話す
持続可能な経営を下支えするのは、「経営理念」です。しかし、経営理念を唱和するだけの代物にしている事業者もあります。むしろ、経営理念は、経営の判断基準や優先順位をも規定するものですから、例えば「利用者の権利を尊重する」とは具体的にどのような場面で、どのような言動をすることを指しているのか? という具象を共有することで、その精神や価値観が未来へとバトンタッチされていきます。
●「背景」や「葛藤」について話す
スタッフが休まず出勤していると、いつもと変わらない様子にみえてしまいますが、親御さんが入院をしているとか、子どもの受験勉強が進まずにやきもきしているとか、夫婦関係がうまくいっていないとか、いろいろな「背景」を持っています。
また、誰かとの関係がうまくいかず、辞めたいけれど辞めるわけにはいかない…という「葛藤」を持っているスタッフもいるかもしれません。
そうした「背景」や「葛藤」を知ることで、そのスタッフへの思いやりも変わるでしょうし、それを話せたスタッフも上司に受け取められることで、信頼も深まります。
大切なのは、全職場で1on1を実施するという形式ではなく、経営者と管理者が、スタッフを一人の「人」として敬意を払い、率直な考えや気持ちをわかちあう機会を持つことにあります。
このような質の対話の機会が、いま、あなたの事業所にないのだとしたら、まずは役職者間からでもいいので、始めてみることを推奨します。
※ この記事は月刊誌「WAM」2020年7月号に掲載された記事を一部編集したものです。
月刊誌「WAM」最新号の購読をご希望の方は次のいずれかのリンクからお申込みください。