時代は“所有”から“共有”へ
世の中の価値観は、”所有(=独占)“から”共有(=シェア)“へとシフトしています。かつては所有することが当たり前だった、家、オフィス、自動車もシェアされており、雨傘やブランドバッグといった小物までシェアされるようになっています。シェア文化が広がっている理由としては、経済的であるという理由もありますが、新たな出会いやビジネスチャンスの広がりなど、シェアによって生み出される付加価値や相乗効果も期待されるため、広がっている面もあるようです。
では、介護事業に目を向けてみてみるとどうでしょうか。
2025年に迎える社会の人口構造を鑑みて、地域包括ケアシステムが打ち出されましたが、それは『地域全体での機能や役割のシェアで成り立つシステム』ととらえることができます。
しかし、競合他社は増える、利用者の確保も職員の確保もままならない、人口減少等もあいまって先行き不透明…と経営環境が厳しさを増すなかで、「生き残り」というキーワードが、10年以上前から雑誌やセミナーでも踊るようになりました。
とある雑誌での「地域包括ケアの成功事例」に、わたしは違和感を覚えたことがあります。医療法人が介護老人福祉施設やサービス付高齢者向け住宅等を建て、そこを利用して退院を促し、在院日数の短縮や在宅復帰率の向上を図るという経営手法を「地域包括ケア」の成功事例として紹介していたのです。
これは、「法人内包括ケア」であって「地域包括ケア」とは似て非なるものでしょう。もちろん、人口規模によっては、地域に限られた法人しかなく、結果的にその法人がトータルにサービスを整備するケースは適切です。
しかし、地域に他法人の施設・事業所が存在する場合、わざわざ施設や事業所を増やさなくても「地域包括ケア」は可能なはずです。施設や事業所を自前で用意し、法人(グループ)内で利用者を囲い込むような経営を否定するわけではありませんが、それを「地域包括ケア」と称するのは、適切とは思えません。
これまでの”競争社会(競争文化)“の中では、他社を出しぬき、差別化を図り、生き残るという勝ち方の発想(極端にいえば「自分さえよければいい」という発想)が当たり前でした。
しかし、地域包括ケアは地域の住民、病院、施設、商店、学校などありとあらゆるステークホルダーが共に安心して暮らせる地域を創るという発想(極端にいえば「みんなで力をあわせて幸せになる」という発想)に基づいています。
競争相手をライバルとしてみるのではなく、パートナーとしてみる。”競争“と”共創“の両方を共存させるバランス感覚が、地域包括ケア時代の経営感覚として求められるのではないでしょうか。
地域のなかで「つながり」を広げる
地域包括ケアのステークホルダー同士がパートナーシップのあるつながりをもつことが、”共創“を実現するうえでは不可欠です。
そして、他のステークホルダーとつながることは、お見合いに似ています。「自分たちを知ってもらう」ことと「相手を知る」ことが、その後の関係に影響してきます。
これから、地域の人や組織とつながり、自分たちが必要とする存在と出会い、自分たちを必要とする存在にも出会うためのポイントを押さえておきましょう。
◆施設・事業所の資源を整理する
自分たちを知ってもらうためには、自分たちのことを棚卸ししておく必要があります。何を大切にしている組織で、どんな事業を行っていて、どんな資源を持っているのか? が明らかになっていると、相手に知ってもらう内容も広がります。資源としては、介護に関係する知識・情報・技術のほか、車いすやリフト車、発電機等の備えている設備や道具などがあるでしょう。また、職員一人ひとりのもっている能力や、職員がもっているつながりも含め、”人“も資源です。
◆地域の「人」を知る
日中時間帯、地域にいるのは高齢の方がほとんどですが、なかには一芸に秀でている方や、素晴らしい経歴の持ち主で、卓越した知識や技術をお持ちの方もいたりします。日曜大工が生きがいで、ご近所さんに無償で網戸の修理などをしている方もいました。民生委員、自治会という組織に属している人と、「役割」で出会うだけでなく、1人の”人“として知りあうことができると、親近感も増しますし、お互いに率直な会話がしやすくなります。
◆地域にある課題(ニーズ)を知る
近隣にどのような課題があるのか、住民の高齢化による自治会役員候補者の減少や、空き家問題、一人暮らしで閉じこもりがちな人の増加、貧困家庭の子どもの学力低下など、さまざまなニーズがあります。自分たちが解決できそうにない問題でも、解決できそうな人につなぐことも大切な役割です。
◆他の病院・施設・事業所の状況を知る
昨今、訪問介護ではヘルパー不足から、急な病欠が出ても同業他社と補いあうようなパートナーシップを組んでいる事業所もあります。今後、新型コロナウイルスの感染や大規模災害で、職員が大幅に不足する事態に遭遇した時に、職員を派遣したり(派遣されたり)するパートナーシップがあれば働く人も利用者も安心でしょう。競合他社をライバルとみるだけでなく、業種として地域ニーズに応えるパートナーとしてつながるためにも、相手の状況を知っておくことは有効です。
他にもいくつかポイントは考えられますが、人のつながりを広げ、直接地域の課題に力を注ぐ以外にも、人と人をつなぐハブ(情報の起点)になる役割を担うことも大切だといえます。
おわりに
第6回までお読みいただいたみなさま、ありがとうございました。
わたしは、パートナーシップを協力関係という狭い範囲の概念ではなく、「パートナーとしての態度・行動・関係を総称するもの」と定義し、さまざまな角度から経営との関係を述べてきました。
経営は、突き詰めれば、”人“が最も大切だということに行き着くと言われます。しかし、どんなに有能な人であっても、環境によっては力を発揮できないこともあります。
経営の安定を目指して、問題点を洗い出し、課題を明らかにして、どんなに的確で素晴らしい対策を考え出す力があっても、職員がそれを適切に実行しなければ、絵に描いた餅に終わってしまいます。
人が能力を発揮できる環境の一つとして、パートナーシップのあるコミュニケーション(文化)は欠かせないと考えます。その人にいくら能力があっても、話しあいで感情的になったり、異なる意見があっても聴く耳を持たず一方的だったりする人が、一緒に働くパートナーだったら辛いでしょう。結果的にパートナーシップに欠ける人は、パートナーを失い、孤立してしまいます。
人は、ひとりぼっちになると、つぶれるのはあっという間です。
孤独を感じる瞬間を体験したことのある経営者や管理職であれば、当てはまる体験の一つや二つあるでしょう。あるいは、中途採用をした人物で、経歴に申し分がなかったけれど、期待したような結果を残せずに退職したということを目撃したことがあるかもしれません。
裏を返せば、やや抽象的ですが、「ひとりぼっちにしない」ということが、個人のレジリエンス(※)を高めるうえでの鍵だとも言えます。あなたには、「自分は独りじゃない」、「自分にはこの人がいる」と思えるパートナーがいますか?
答えがYESなら健全です。NOならぜひ1人でもいいのでパートナーを作ってください。
最後になりますが、この連載をお読みくださったあなたが大切だと思ったことや、発見したことを、一つでも実践に移し、あなたの組織にパートナーシップのあるコミュニケーションが広がり、そこにいる皆さんが安心して、誇りを持って、「自分たちの職場はいい職場だよ!」といえる職場になることを心から願っています。
※レジリエンス… 困難や逆境のなかにあっても、心が折れることなく、自分を持ち直して前進できるしなやかな強さ
※ この記事は月刊誌「WAM」2020年9月号に掲載された記事を一部編集したものです。
月刊誌「WAM」最新号の購読をご希望の方は次のいずれかのリンクからお申込みください。