社会福祉法人の経営ガイド
この連載では、社会福祉法人という対象に絞った経営の考え方を皆さんとともに共有していきます。
<執筆>
独立行政法人 福祉医療機構
経営サポートセンター シニアリサーチャー
千葉 正展
前回までは社会福祉法人の経営ガバナンスについてみてきました。今回は社会福祉法人制度改革のもう1つの柱である財務規律と地域公益的取組についてみてみましょう。
社会福祉法人制度改革の背景と目的
社会福祉法人制度改革から4年余りが経過し、改革が過去のことになりかけている今だからこそ、原点に立ち返って改革の意義を再確認することが必要です。
社会福祉法人制度の改革の背景としては、「社会保障政策」、「規制改革」、「租税政策」の3つの側面からの見直しが求められました(平成25年「社会保障制度改革国民会議報告」、平成25・26年「規制改革実施計画」、平成26?28年度「税制改正大綱」)。
これらの指摘については、「社会福祉法人という特別の法人制度であり続けるためには、それに相応しい地域・社会への貢献(=地域福祉への積極的な取組み)がなされる必要がある」という点に集約できます。
社会福祉法人の制度改革は、こうした指摘や批判が背景にあったことは事実ですが、制度改革の内容がそうした批判への対応のためだと矮小化してはなりません。制度改革の内容は、非営利組織としての社会福祉法人のミッションの遂行を示すための枠組みが作られたものだと捉えることが必要です。
ミッション経営の重要性
営利・非営利を問わず、組織には必ずミッションがあり、そのミッションの遂行顛末に関する説明責任を負っています。
営利企業のミッションは、利益という貨幣資本の増大を常に追求し、企業価値を高め続けることで、株主をはじめ消費者、従業員、サプライヤーなど企業を取り巻く多様な利害関係者の利益を実現していくことがミッションとなります(利潤極大化)。企業では利害関係者に利益というミッションの達成状況に関する説明責任を負っています。
一方、非営利法人とは利益の配分を目的としない組織であり、貨幣資本の増大ではないミッション(=組織の目的)を有するものとされています。このため組織が仮に貨幣資本の余剰を生み出すのなら、それをさらに多くの組織活動の費用として使うことで、より多くの活動成果を生み出し続けることがミッションとなります(成果極大化)。
社会福祉法人は非営利で、企業のような利益に関する利害関係者は存在せず、利益に関する説明責任もありません。
しかし社会福祉法人については、さまざまな規制や助成があり、公費を含む多くの公的資源が投入され、その費用負担者は国民です。したがって、社会福祉法人は国民から付託を受けた資源にみあった地域福祉の増進を果たせたのか、国民に対して説明する責任を負っているのです。
社会福祉法人は社会福祉法第22条において、「社会福祉事業を行うことを目的にこの法律の定めるところにより設立される法人」とされることから、ともすれば社会福祉事業さえ実施していればよいと捉えられてしまうことがあります。
しかしながら、そもそも社会福祉法人という制度が作られた目的は、地域福祉を支える民間の主体を形成することであり、行政が実施する福祉制度ではカバーされない地域の福祉ニーズに対し、先駆的・開拓的な取組みを担うことが求められているのです。
このように考えると、社会福祉法人制度改革とは、事業運営の透明性の向上、組織運営のガバナンスの強化、地域における公益的取組を実施する責務、財務規律の強化などの形で、社会福祉法人が果たすべき説明責任の形を具体的に「見える化」したものだといえるのです。
地域公益的取組とは
地域における公益的取組を実施する責務とは、充実残額と地域公益的取組民間社会事業」として行政では果たせない役割を担うものだといえます。言い換えると、社会福祉法人がなすべきことは「制度ありき」で考えるのではなく、地域に目を向けて地域で生きにくさを抱えている人にどのような支援の手を差し伸べていけるのか、「ニーズ起点」の発想で事業を展開していくことが重要となります。
今日、社会福祉政策の基軸となっているキーワードは、「地域共生社会」です。そこでは、制度起点の縦割りの発想だと、複雑化・多様化した現代の地域福祉ニーズには対応できない課題が存在することが指摘されています。
今日の完備された社会福祉事業の制度体系も、その起源をたどれば制度が存在しなかった時代に、民間の社会事業家たちが地域の福祉ニーズを起点に取り組んだ先駆的・開拓的な実践があったことがわかります。
時代が変わり、福祉制度がおおむね充足したと考えられる今日においても、社会は多様化・複雑化し、地域には社会福祉の制度では対応が困難なニーズを抱えた人がむしろ増大しつつあるといえます。そうした「制度の狭間」に向き合うには先駆的・開拓的実践が不可欠で、地域福祉の専門性を有し、地域に根ざした施設拠点のネットワークを有する社会福祉法人こそがその実践者であるといえるのです。
地域における公益的な取組を実施する責務とは、このような制度の狭間に対する社会福祉法人の役割を法律に明文化したものといえるのです。
社会福祉充実残額
社会福祉法人は、地域福祉の増進を図るという成果の極大化を目指して、事業活動の結果生まれる財務余力をさらなる活動の費用に投じていくことが求められます。このため財務余力の把握の仕方やその再投下の仕組みを共通のルールとしたのが社会福祉充実残額・社会福祉充実計画です。
具体的には会計上いわゆる「内部留保」とされる額から、事業継続に必要な最低限の財産を控除して得られた額を地域の福祉サービスへの再投下額(社会福祉充実残額)として定め、その額が生じた法人は社会福祉充実計画を定め、再投下を確実に実施していくこととされました。
ここで留意が必要なのが、「社会福祉充実計画」と「地域における公益的取組を実施する責務」との関係です。社会福祉充実残額の有無にかかわらず、すべての社会福祉法人が地域における公益的取組は実施しなければなりません。そのなかで社会福祉充実残額が生じた法人については、地域福祉の活動に再投下する金額や内容を社会福祉充実計画として明確にすることが求められるのです。
地域における公益的取組をどう進めるか
地域における公益的取組を具体的にどう実現するかが問題となります。
社会福祉法人は基本的に社会福祉事業を専らに行っており、その事業収入の大半を公費による運営費や報酬等の給付によっています。
国の財政事情が極めて厳しい現在、こうした運営費や報酬も、簡単に余力を生めるようなゆとりのある水準ではありません。そのなかで地域における公益的取組をどう実現していくか、財源確保の方策を考えてみましょう。
<さらなるコスト管理>
1つ目は、収支が厳しいなかでも、さらなるコスト管理を徹底し、財務余力を少しでも確保しようとすることです。本業の赤字が問題となるなかではなかなか難しい状況にあります。
<複数法人の連携・協働>
2つ目は、複数法人の連携・協働です。地域における取組は一法人単独で取り組んでも実施できることは限られます。そこで複数の法人が少しずつ余力を持ち寄って、地域のための活動を展開する方法です。
具体的には厚生労働省の「小規模法人ネットワーク化推進事業」の補助制度や都道府県社会福祉協議会を中心にした複数法人の連携・協働の仕組み、さらには令和2年の改正社会福祉法で導入が決まった社会福祉連携推進法人の活用などがあげられます。
社会福祉連携推進法人については、令和4年度から施行の見込みで、詳細は今後明らかになりますが、地域共生社会の推進や災害対応などが含まれることから、地域における公益的取組への活用としても注目されます。
<自主財源の確保>
3つ目は、地域の福祉ニーズへの対応に向けて、社会福祉法人が自らの独自財源を確保していくという考え方です。とくに近年ではSNSなどの社会的コミュニケーションを活用し、多数の人から資金の支援を受けるクラウドファンディングなどの手法に取り組みはじめる法人も出てきています。
社会からの期待に応える社会福祉法人になるために、制度の狭間なども含め、地域の福祉ニーズに積極的に向きあうことが求められることになるでしょう。
※ この記事は月刊誌「WAM」2020年12月号に掲載されたものを掲載しています。