社会福祉法人の経営ガイド
この連載では、社会福祉法人という対象に絞った経営の考え方を皆さんとともに共有していきます。
<執筆>
独立行政法人 福祉医療機構
経営サポートセンター コンサルティンググループ
阪本 圭
はじめに
本稿では、「職員の育成・定着から採用強化までを見据えたキャリアパス策定のポイント」として、当機構が実際に支援した介護サービスを中心に展開している法人の事例をもとに、キャリアパス策定の手順・内容についてご紹介します(図1参照)。
前編では、図1の手順のうち、「T現状確認」および「Uコンセプトの策定」について説明しました。後編の今回は、「Vキャリアパス表への落とし込み」について説明します。
【V キャリアパス表への落とし込み】
ここからは、キャリアパス策定にあたって、より具体的な内容を定義していく段階となります。図2のようなキャリアパス表に落とし込むために、図1のE「キャリアパス表の策定」、F「モデルケースの検討」の2つのステップを実施します。
E「キャリアパス表の策定」
本稿では、キャリアパスは、ある職位や等級に就くまでの経歴(キャリア)と道筋(パス)を示したものと定義しましたので、法人は、職員がどのような過程を経てキャリアアップしていくべきかを明示する必要があります。E「キャリアパス表の策定」は、この「どのような」の具体的な内容を決めていくステップとなります。
具体的な内容を決めるには、まず、求める職員像(前編D「求める職員像の定義」で解説)となるための「必要な要件」を設定し、さらに職位・等級にあわせた「必要な要件」の内容を定義します。設定する「必要な要件」の種類や数に決まりはありませんが、法人として大切に考える視点を複数取り入れることをお勧めします。
この法人では、図2のとおり、「能力」・「研修」・「資格」の3つを「必要な要件」として設定しました。これらの各要件を満たした職員は、その職位・等級に求める職員像を満たし、上位職位・等級に昇格することができる者ということになります。
以下、例として、「能力」・「研修」・「資格」の3つの「必要な要件」をキャリアパス表に落とし込む際のポイントについてご説明します。
能力
能力要件は、職位・等級ごとに必要な能力を示したものです。能力とは、一般的に「物事を成し遂げることのできる力」を意味しています。今回の例では、これを職員が普段の業務のなかで求められる力(期待される役割)として定義しました。
入職後間もない1等級の能力要件は、「補助業務ができる」および「法人理念を理解できる」の2つとしました。2等級では、補助業務だけでなく「自立して業務ができる」、法人理念を頭で理解するだけでなく「法人理念に基づいて、業務を行うことができる」、に加えて「後輩職員に対し、業務のアドバイス(サポート)ができる」の3つとしました。
「後輩職員に対する業務のアドバイス(サポート)」について補足をすると、求める職員像(定義)では、「部下の指導・育成」は、2等級ではなく3等級の役割として定義しています。しかしながら、その前段階である2等級のうちに、「指導」ではなく後輩職員に対する業務のアドバイス(サポート)を通じて、将来、部下を指導する能力を身につけてほしいという法人の意向を踏まえ、2等級に期待される役割として定義しました。
研修
研修要件は、職員のスキルアップや知識面の向上を目的に、職位・等級ごとに受講を推奨する研修を示したものです。
例えば、外部団体が開催している研修や、法人内部の勉強会など、法人が必要とする研修を職位・等級ごとに定義しました。
資格
資格要件は、職位・等級ごとに必要な資格を示したものです。
例えば、部下の指導・育成を担う3等級の介護職員は、2等級のうちに介護福祉士資格を取得し、高い専門性を持って業務にあたってほしいという法人の意向を踏まえ定義しました。
これら3つの「必要な要件」の設定・内容の定義にあたっては、図1のB「アンケートの実施」であげられた職員の声がとても参考になりました。
例えば、「専門性を高めたい」という職員の声に対しては、資格取得に向けた研修への参加を促し職員のスキルアップにつなげたいという考え方に基づき、「研修」・「資格」を必要な要件として設定しました。また、「能力」についても、「能力や知見などを評価してほしい」という職員の声を背景に設定しました。
何を「必要な要件」とするかは、法人により様々ですが、現場の職員の声を踏まえて検討することで、法人の理想と働く職員の理想のギャップを少なくすることが可能となります。
F「モデルケースの検討」
最後のステップであるF「モデルケースの検討」では、前のステップで職位・等級ごとに内容を定義した「必要な要件」を満たすための、その等級における「経験年数(モデルケース)」を設定します。経験年数を設定し、その等級で何年程度の経験を積めば昇格できるのかという目安を明示することで、働く職員にとっても将来の見通しがたちやすくなります。
図2では、1等級の経験年数は「1〜5年程度」とありますが、これは、1等級で1〜5年程度の経験を積んだうえで、2等級へ昇格するという意味になります。
その他の法人では、「最短1年」、「標準3年」といった経験年数を設定している例もあります。
まとめ〜 職員の育成・定着から採用強化に向けて 〜
今回の例では、法人理念を踏まえたコンセプト(法人がキャリアパスを策定する際の方向性)に基づいてキャリアパスを策定しました。このキャリアパスは、1等級から2等級のうちに「法人理念」を身につけ、3等級では、自身だけでなく、部下に対して「法人理念を踏まえて業務指導」を行うなど、職位・等級ごとに「能力」を定義していますので、職員の成長を促すものとなっています。また、職員は「研修」や「資格」に定義している内容に沿ってさらにスキルアップを図りながら、上位職位・等級へ昇格する内容となっています。
つまり、このキャリアパスは、職員一人ひとりのキャリアアップを促すものだけではなく、職員を「育成」するプロセスともなりますので、法人理念に共感する職員が、自ずと長く働き続けられる(「定着」を促す)仕組みとなっています。
職員が「長く働き続けられる」環境は、職員にとって「働きやすい職場環境」であり、それは「採用強化」につながる法人の強みとして、対外的にアピールできる土台となります。
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今回紹介した法人は、策定したキャリアパスの効果的な運用のために、「人事評価制度」を導入しました。キャリアパスに定義した求める職員像や必要な要件は、働く職員のスキルアップ(成長)を公平に評価(人事評価)するためのツールとしても有用となります。
キャリアパスを運用されていない法人や、今後キャリアパス運用の見直しを検討されている法人の皆様に、本稿が少しでも参考になれば幸いです。
※ この記事は月刊誌「WAM」2021年2月号に掲載されたものを掲載しています。