社会福祉法人の経営ガイド
この連載では、社会福祉法人という対象に絞った経営の考え方を皆さんとともに共有していきます。
<執筆>
独立行政法人 福祉医療機構
経営サポートセンター コンサルティンググループ
阪本 圭
はじめに
福祉・介護業界では、近年、職員確保や定着がうまくいかず人手不足となり、経営に苦しむケースがますます増えています。高齢者人口がピークとなる2040年に向け、福祉・介護ニーズは高止まりすることが想定されるため、福祉・介護を支える職員確保はさらに大きな困難となることが予想されます。このような環境において、安定的な職員確保のためには、職員一人ひとりが長く働き続けることができるよう、法人内で職員を「育成」し「定着(離職防止)」を図ることができる仕組みを構築することが有効といえます。また、職員が安心して長く働き続けられる環境を整えることは、対外的なアピールとなるため、職員の「採用強化」も期待できます。
本稿では、職員の「育成・定着」のための仕組みのひとつである「キャリアパス」に着目し、独立行政法人福祉医療機構(以下、「当機構」)がこれまでに支援した事例に基づき、「職員の育成・定着から採用強化までを見据えたキャリアパス策定のポイント」について、前編・後編の2回にわたってご紹介します。
前編の今回は、「キャリアパス」について確認したうえで、キャリアパス策定にあたっての「現状確認」および「コンセプトの策定」について触れていきます。
キャリアパスとは
そもそも福祉・介護業界の「キャリアパス」とはどのようなものなのでしょうか。さまざまな考え方があるとは思いますが、本稿では、「キャリアパス」は、職員がある職位や等級に就くまでの経歴(キャリア)と道筋(パス)を示したものと定義します。
具体的には、入職した介護職員が将来的に施設長を目指すためには、どのような過程を経てステップアップ(キャリアアップ)していくか、そのために必要な「能力・資格・経験」などを明示したものになります。法人が「キャリアパス」を示すことで、働く職員にとっては、普段の業務のなかで取り組むべき事項が明確になり、仕事に対するモチベーションの向上が期待できます。
一方、職員に求める理想のレベルが高すぎると、大きな負担となり、かえってモチベーションの低下につながります。法人が思い描く職員像と働く職員の現状(実現性)を踏まえたうえで策定することが重要となります。
キャリアパス策定の手順・内容
ここからは、当機構が実際に支援した介護サービスを中心に展開している法人の事例をもとに、キャリアパス策定の手順・内容についてご紹介します。図1は、キャリアパス策定の流れを示したものです。図1の「手順」にあるとおり、キャリアパスの策定は「T現状確認」、「Uコンセプトの策定」、「Vキャリアパス表への落とし込み」の3段構成(全7ステップ)となります。
これらのうち、今回は「T現状確認」と「Uコンセプトの策定」について説明します。
【T 現状確認】
現状確認は、@「理念の振り返り」、A「キーワードの連想」、B「アンケートの実施」の3つのステップを実施します。
@「理念の振り返り」
キャリアパスは、部分最適ではなく、ブレない軸により策定することが重要です。したがって、まず法人としての軸である理念の振り返りが必要となります。
A「キーワードの連想」
@「理念の振り返り」後は、理念をより身近なレベルで考えやすくするために、A「キーワードの連想」を行います。
例えば、「利用者のより良い暮らしを職員とともに実現します」という理念を掲げていたとすると、キーワードとして「笑顔(利用者・職員)」、「寄り添い」、「サービスの質向上」などが連想されます。ここで連想したキーワードは、後のステップで必要となりますので、10個程度はあげておくことをお勧めします。
B「アンケートの実施」
キャリアパス策定の作業は、法人のなかでも、経営層の方々が中心となることが想定されます。より効果的に現場の職員の声を踏まえるために、職員を対象にアンケートを実施し、検討の材料とすることをお勧めします。これによって、法人が思い描く職員像と働く職員の現状とのギャップを少なくすることが可能となります。
【U コンセプトの策定】
次の手順であるコンセプトの策定は、C「コンセプトの立案」、D「求める職員像の定義」の2つのステップを実施します。
C「コンセプトの立案」
「T現状確認」をもとに、コンセプトを立案します。コンセプトとは、キーワードをつなぎあわせ、法人がキャリアパスを策定する際の方向性を示すものです。
先ほどの例では、「笑顔(利用者・職員)」、「寄り添い」、「サービスの質向上」などのキーワードがあがりました。これら3つをもとにコンセプトを立案すると、「職員の笑顔や寄り添う姿勢が利用者の暮らしを良くする」、「職員個々のスキルアップがサービスの質向上につながる」などが考えられます。コンセプトの内容や数に決まりはありませんが、コンセプトの立案に苦慮した場合は、A「キーワードの連想」をもう一度行うことを検討する必要があります。
D「求める職員像の定義」(図2参照)
前のステップで立案したコンセプトをもとに、法人が求める職員像を定義します。入職後間もない職員と施設長では、法人内で求められる役割は当然異なりますので、求める職員像は、職位・等級ごとに定義することになります。C「コンセプトの立案」であげられた、「職員の笑顔や寄り添う姿勢が利用者の暮らしを良くする」、「職員個々のスキルアップがサービスの質向上につながる」という2つのコンセプトをもとに、職員像を職位・等級ごとに定義したものが図2です。
この法人では、従前は、入職後1等級から始まり、経験を積んで上位等級に昇格するモデルを採用していました。ただし、コンセプトの大元である法人の理念については、すべての職員が入職当初から意識して業務にあたってほしいという法人の意向が強かったことから、キャリアのスタートである1等級職員は、まず「法人理念を理解する」こと、ステップアップした2等級職員では、「法人理念に基づいて、業務を行う」ことを役割として定義しました。
後編は、策定したコンセプトをもとに、「Vキャリアパス表への落とし込み」のポイントについてご紹介します。
※ この記事は月刊誌「WAM」2021年1月号に掲載されたものを掲載しています。