出産という人生の一大イベントを乗り越えた後には、急激な体の変化(女性ホルモン エストロゲンの低下による内分泌環境の変化)に加え、慣れない子育てなどにより精神的に不安定になる場合があると言われています。
とくに、出産後3日〜1週間前後は、いわゆる「マタニティブルー」といって一時的に気持ちが落ち込むことがあったり、出産後2〜3週間から3か月後くらいの間は、育児疲れや育児不安を感じたり、気分が落ち込む「産後うつ」になりやすい時期といわれています。
妊娠期に起こるうつ病について
妊産婦に起こるうつ病
うつ病はとてもよく起こる病気ですが、女性の場合約12人に1人が一生のうち一度はうつ病におちいります。女性は男性の2倍うつ病にかかりやすいのですが、一生の中でも妊娠中や産後はとりわけうつ病がよく起こります。
うつ病になると、自分自身や自分の置かれている状況を悪くとらえる傾向が強くなります。したがって妊産婦の方がうつ病におちいると「将来の子育てに自信が持てない」「待ち望んでいた赤ちゃんの世話なのに、つい面倒に思えてしまう」「赤ちゃんが可愛く思えない」と感じ、「自分は母親失格だ」といった自分を責める気持ちが起こります。睡眠も十分にとれず、食欲まで落ち、元気がなくなってしまいます。自分を責める気持ちが強くなると「母親失格の自分など、この世にいても仕方ない」などという発想につながってしまうこともあります。またお母さん自身が苦しいだけでなく、お母さん本来の力が発揮できないので実際に子育てが思うようにいかず、ひいてはお子さんの発達にも悪影響が出てしまうこともあります。
お母さんがこんな状態におちいっているのに、周囲は「妊娠・出産や子育てが大変なのは当たり前」と考え、お母さんの苦しみを軽視してしまうことがあります。またお母さん自身も「調子が悪いのは自分が不甲斐ない母だからだ」「子育ての悩みを周囲の誰も解決してくれない」と決めつけ、「妊娠中や授乳中に薬などの治療を受けると赤ちゃんに悪影響が起きてしまう」と心配になり、受診をためらいがちです。その結果、現在のところ、うつ病になった妊産婦の方は適切な治療を受けていない場合が多いようです。
早めに適切な治療を
うつ病を治療せず放置しておくと、重症化したり再発を繰り返したりします。その結果ご本人だけではなく、お子さんへも悪影響を及ぼしかねません。何よりも「この世から消えてなくなった方がよい」などと考え、自殺を図ったりお子さんに手をかけてしまうなど、最悪の事態を招く場合もあります。妊産婦の方がうつ病になった場合、専門医による適切な治療を受けることは、ご本人とお子さんの双方にとってとても重要です。
<妊娠・出産時のうつ病で生じる悪循環>
妊娠中・産後のうつ病を引き起こしている要素として、この時期は何かとストレスが多い上に、周囲のサポートが不十分な状況が重なっている場合が考えられます。しかも妊娠・出産に伴う女性ホルモンの大きな変化は、脳がストレスに耐える抵抗力を低下させます。その結果ストレスを処理しきれなくなった脳が機能不全を起こし、ものごとを悪くとらえる傾向が強く出てしまいます。
この状態に妊産婦の方がおちいると「母なら、あれもこれもやらねばならない」と考え、ますます無理な計画を立てたり、「育児は私がやらねばならない」と一人で抱え込むなど、悪循環が生じます。この悪循環におちいった状態こそうつ病なのです。
妊産婦の方を取り巻く環境をご家族もまじえて専門医と整理して「何は、今やらなくても済むか」「何は、周囲のサポートを得れば良いか」といった環境調整を図ることが、うつ病治療の第一歩です。
うつ病の治療には、抗うつ薬などの治療薬を使うのが一般的ですが、妊娠中や授乳中に薬を飲むことに対して抵抗を感じるのは当たり前です。妊娠中・授乳中に治療薬を使った場合、「どの時期なら」「どのような副作用が」「どの程度の頻度で起こりうるか」といった医療情報(エビデンスと言います)が、蓄積されつつあります。また薬以外にも、妊産婦のうつ病に効果が確認されている心理療法(認知行動療法や対人関係療法など)もあります。
うつ病になった妊産婦の方を治療する際、ご自身やご家族が専門医と納得いくまで話し合うことが重要です。ご本人・ご家族の十分な理解のもと、個々の患者さんにあった治療が選択できるように専門医とご相談ください。
※西 大輔.妊娠・出産に伴ううつ病の症状と治療. e-ヘルスネット. https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-001.html厚生労働省. (2020)